ハイドン:弦楽四重奏曲 作品76 「エルデーディ弦楽四重奏曲」

 Joseph Haydn
String quartets Op.76 "Erdödy Quartets"

 ハイドンが生涯書き続けた作品の分野でもっとも注目されるものは、交響曲と弦楽四重奏曲である。その中で弦楽四重奏曲は数こそ交響曲より少ないが、内容的にはより重要な分野であろう。そこでは、ハイドンの作曲技法に関する多くの重要な試みがなされ、そしてそれらがより完成度の高いものへと成長していく過程が最良の形で見られるのである。

 ハイドンの晩年に書かれた「エルデーディ四重奏曲」と呼ばれる作品76の6つの作品は、それらの弦楽四重奏曲の中でも、形式美、深さ、情熱、優雅、機智、など彼の様々な特質を持ちあわせた、総決算ともいうべき素晴らしい作品群である。

 ベートーヴェンが、第九交響曲を書き上げた後に、あの偉大な後期の弦楽四重奏曲の数々を生み出したように、ハイドンもまた、その生涯の締めくくりを、交響曲の分野を終えた後に、弦楽四重奏曲によって完成したのだった。「エルデーディ四重奏曲」の後、残された作品は作品77の2曲と未完に終わった作品103(2つの中間楽章のみ)の計3つの弦楽四重奏曲、ミサ曲が2曲、声楽用の小品数曲、そしてオラトリオ「四季」だけである。(ちなみに、当時ハイドンの弦楽四重奏曲は6曲が1セットで書かれていたので、作品77も、セットとしては未完に終わったといえる。)

 ハイドンのもっとも大きな功績は、主題とその展開を一つの決定的な形に完成させたことである。所謂ソナタ形式といわれるものである。その後現代にいたるまで、この形式は脈々と生き続けている。生き続けるというよりむしろ絶対避けて通れない、作曲家にとって完成された形式であった。その構成美の中に音楽的な起承転結を宿し、大きな表現力を持つこの形式によって、ハイドン以降の音楽がある意味では規定されたといってもよいだろう。「エルデーディ四重奏曲」の中でももちろん、それまで試行錯誤しながら育ってきたこの形式が見事に展開されている。それは形式のための形式ではなく、音楽のドラマのための形式になりきっている。

 しかし、ソナタ形式だけがこれらの弦楽四重奏曲の全てではない。ハイドンは、当時にはもう一時代前の産物になってしまっていた対位法(一つの旋律に対して他の声部が和声的に伴奏をつけるのではなく、それぞれの声部が線的に絡み合う作曲技法)も巧みに取り入れ、たとえば主題をフーガによって提示してみたり(第1番第1楽章)、メヌエットを丸々一つカノンで書いてみたり(「五度」第3楽章)している。また、これもハイドンが得意であった変奏曲という形式で見事なヴァリエーションを創るなど(「皇帝」第2楽章、第6番第1楽章)、とても変化に富んだやり方で6曲それぞれを特徴あるものに仕上げている。一方緩徐楽章では、深々とした情感を湛えているものが多い。形としてはシンプルなのだが、内容はベートーヴェンのそれに勝るとも劣らない。「ラールゴ」の第2楽章などはその典型であろう。そこには、ハイドンの老境を見て取れるであろうし、また音楽家としての誠実さを感じることもできるだろう。いずれにしても、モーツァルト、ベートーヴェンと比べるとハイドンは・・・というイメージではない、「大作曲家」ハイドンがここにいる。

蒲生 克郷


第3番「皇帝」 第2楽章より
Nr.3 "Keizer" 2te Satz

 

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