ベートーヴェン:弦楽四重奏曲 第12番 変ホ長調 作品127
Ludwig van Beethoven:String Quartett No.12 in E flat Op.127
| ベートーヴェンの弦楽四重奏曲はその作曲された年代からはっきり初期、中期、後期と分けられることができる。この12番は後期の四重奏曲の第1作目に当たるもので完成は1825年の2月、前作の第11番「セリオーソ」から実に十数年の年月が経っている。1822年6月にはライプツィッヒのペータース社宛に、近々渡すことのできる曲として弦楽四重奏曲をあげているので、その頃には作曲に入っていたかもしれない。その後11月にペテルスブルクの貴族ガリーツィンより2曲または3曲の弦楽四重奏曲の作曲依頼があり、それを受けて3曲の四重奏曲を作曲、献呈することになるのだが、その中の一曲にこの四重奏曲は組み入れられた。当時ベートーヴェンは「ミサ・ソレムニス」、第九交響曲と、続けて大作に取り組んでおり、四重奏曲の方はそれらが終わって一段落した後本格的に取り掛かったため完成が遅れてしまった。しかしその後残りの2曲(第15番及び第13番)はかなりのスピードで書かれていて、恐らく3曲の全体像を視野に入れながら作曲が進んでいったと思われる。 曲はこれら3曲の四重奏曲中唯一古典的な4楽章形式で書かれている。しかしながら、その中身はすでに古典の枠から大きく発展していて、ベートーヴェンの後期の特徴をはっきり見せている。 第1楽章は立派な堂々たる和音による序奏に始まりその後に3拍子の舞曲のような主題が続く。この荘厳ともいえる序奏と、明るくどちらかといえば叙情的な主題はその後も繰り返し現われるが全体的にはこの曲の平和な性格が支配的である。 第2楽章は典型的な後期の特徴である長大なそしてかなり自由に発展した変奏曲で、この変奏曲の形式はピアノソナタの最後の作品群から受け継がれ、さらに深い感情とより纏りを持った形に仕上がっている。 第3楽章はスケルツォ楽章。一転して鋭い付点のリズムと線的な3音のいろいろな組み合わせと発展を持つとても諧謔的な曲。中間部は(トリオ)、激しいタランテラのリズムによって書かれている。 第4楽章は民族舞曲的な性格を持っているが最後のコーダではその主題は劇的な変化の中で浄化され輝かしく曲を閉じる。 |