スメタナ:弦楽四重奏曲 第1番 ホ短調 「わが生涯より」
Bedrich Smetana:String Quartet No.1 e-moll "From my Life"

 1824年ボヘミア生まれ。チェコの国民楽派最初の大作曲家。当時チェコはハプスブルク帝国の一部であり、その言語と宗教を強制されていた。それに対する反動として民族復興運動が展開される。彼はその青年時代に起きたプラハ革命に協力し、大いに愛国心を呼び覚まされ、行進曲なども手がけている。プラハ革命挫折後のチェコは政情が良くならず、スメタナは数年間をスウェーデンで過ごすが、祖国の愛国運動に加わりたいと願うようになり帰国する。彼が考えたのは、それまでなかったチェコ語でのオペラだった。ハプスブルク帝国支配下のボヘミアでは公用語はドイツ語であり、実はスメタナも日常ドイツ語を使っていて、若い頃はチェコ語は読み書きが出来なかった。チェコ語によるチェコを題材にしたオペラは、聴衆の心を強くつかんでいった。彼のオペラには民族感情を育てようとする明確な意志が現れている。その意志はあの連作交響詩「我が祖国」へとつながっていく。交響詩に代表される標題音楽も、スメタナにとっては重要なものであった。まだ若い頃に親交を得たリストの影響もあったであろう。

 彼の作品は形式的には特に新しいというものを用いてはいないが、その音楽は具体的であり、代表的な作品の分野を見ても、スメタナの作曲家としての方向は明らかである。弦楽四重奏曲第1番は1876年に作曲された。楽章や形式は従来の弦楽四重奏曲のあり方からそれほど外れているわけではないが、題名を見てもわかる通りこれは弦楽四重奏曲の形態を借りた自身の半生記であり、曲の最後は彼を襲った難聴という悲劇が具体的に描かれている。このようなプライヴェートな内容を弦楽四重奏という絶対音楽的な分野に取り込んだことは、前述のヤナーチェクの二つの四重奏曲の手本にもなった。

 1879年7月にスメタナが彼の曲の出版者であるウルバネクに宛て書いた、彼自身のこの曲についての記述があるのでそれを見てみよう。

“…各主題は要約すると次のようになる。

第1楽章:人生に対する戦いへの運命からの呼び出し(メイン・モチーフ)。作曲者の、音楽上ばかりでなく一般的な愛情や人生における、ロマンティックに対する偏愛・・・・音楽における美と感動に対する感情の目覚め。

第2楽章:ダンス音楽の作曲者に与えた影響。若かりし時の人生の著しく輝かしき側面。作曲者の貴族社会のなかで生活していた時代。(注:スメタナは若い頃、舞踏会のためのピアニストとして人気があった。彼自身ダンスが好きで、最初の妻となったカテジナは彼がパートナーを務めた相手だった)

第3楽章:彼の将来の妻へ出会ったときの強い感情。最終目標に向かう、厳しい運命を背負っての戦い。

第4楽章:国民的誇りに対する目覚め。民族音楽の作曲者に与えた影響。それは(甲高い耳鳴りを伴って[4点ホ音])聴力障害という形で降りかかる恐ろしい不幸を、運命が我が身に暗示するまで育てられる。避けようのない宿命に対する諦め、しかしながらより良い未来へのかすかな希望の光を持って…”

 

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