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「妊娠レッスン」の中ではふれることができませんでしたが、「主婦と生活社」の編集者武田賢二さんのお話をしたいと思います。私と武田さんとの出会いがなければ、「妊娠レッスン」が世に出ることはありませんでしたから。
私は2001年の夏、クリニックの1週間の休みを返上し、この本の執筆に本格的に取り組みました。そのかいあって、この本の原型ができました。それは、原稿用紙にして180枚ほどのものでした。しかし、それからが本当に大変でした。出版不況といわれて久しい中、妊娠をテーマとした本は、売れ行きがよくなく、なかなか前向きには考えてもらえませんでした。それでも多くの出版社の方が、関心を示してくれました。そのことに、私は少なからず勇気づけられました。
ちょっと疲れてしまった頃に、1通のメールが私の元に舞い込みました。それが、武田さんからのものでした。
『原稿の内容はわかりやすく、先生のご主旨もよく理解できました。そのうえで、先生がなぜ現在の不妊治療に疑問をもたれ、自ら不妊ルームを開設して不妊に悩むカップルにアドバイスをおくるようになったか、また、ご自身の理論を構築されていったかといったあたりのお話も知りたいという感想ももちました。(中略)本の骨子はお送りいただいた原稿でできあがっていますので、これに肉付けをしていただくことが可能かどうか、ご検討いただけますでしょうか、、、、。』
私が、「よろしくお願いします。」と返事をすると、すぐに彼は企画書を書いて、話を前に進めてくれました。そして、しばらくして次のようなメールが届きました。
『本日企画会議があり、企画が了承されました。
(中略)
読者の方々に勇気や励ましを与えられるような本を作りましょう。』
この本の出版が正式に決まった以上、せっかく与えられたチャンス! 納得のいく、妥協しない本を作ろうと、私は心に決めました。
こんなこともありましたね。私と武田さんとの話し合いの中で、私は基礎体温表の重要性を強調しました。すると彼は、「それじゃあ基礎体温表を付録としてつけましょう。予算をもっとつけてもらえるよう上司とかけあってみます。」と言ってくれました。そして、O.K.がとれ、話がまとまりました。それからは、基礎体温表をより効果的なものにするにはどうしたらよいか議論しました。ある時は直接会って、あるいはFAXで、そしてまたあるときは、デジカメで撮った基礎体温表をメールに添付し、議論しました。
結果的に、この本はタイトルから、基礎体温表の添付に至るまで、私のわがままのほとんどすべてを「主婦と生活社」に受け入れてもらうことができました。
武田賢二さんの誠実さと情熱が、この本の上梓につながりました。「一人でも多くの人がより自然に妊娠するには?」という問いかけに答えを出すべく、私たちは考えに、考えました。本書はまぎれもなく私と彼との、執念の産物です。そのことは、私たちの間を往復したFAXが、ゆうに 500枚を超え、メールも 150通を超えたことが物語っていると思います。
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