システム制御技術の現状と未来を知る有効な情報として、この分野で評判の高い学会誌の以下の記事
R. M. Murray, K. J. Astrom, S. P. Boyd, R. W. Brockett,
and G. Stein, “Future Directions in Control in an Information-Rich World,”
IEEE Contr. Syst. Mag., vol. 23,no. 2, pp.20-33, 2003
の簡単な要約を以下に示す。
未来の本格的な情報化社会における制御
緒言
これは、制御・ダイナミックス・システムの将来像に関して2000年4月に造られたパネル(目的:制御分野における将来に向けての機会と課題を明らかにするとともに、政府機関・大学・研究機関へ提言すること)の報告である。パネル設立の背景は、コンピューティング、コミュニケーション、センシング技術の急速な進歩が、国の経済や軍事の問題解決へ向けての、制御による貢献の機会をもたらしつつあるという共通認識による。パネラーとしては、著名な大学教授連が主であるが、軍の研究所、NASA、大企業、からの研究担当者も4人含まれている。本報告は、制御関連のすべての分野を扱おうとしたものではなく、現在急激に研究が進んでいる分野や新たなアプローチが必要とされている分野に焦点があてられている。
制御分野の現状の概観
産業革命における蒸気を動力とする工場の安定的な稼動を可能にした、ワットの調速器以来、制御はさまざまな工業システムで使われて来た。事実、電力網、通信、交通、製造、の全ての分野で制御は主要な役割を担っている(例、軍や商用飛行機の自動操縦、電力網の制御、磁気ディスクヘッドの高精度位置制御)。多くの応用において、フィードバックが有効に働いた。家、車、家電品、工場、通信システム、交通、軍事システム、宇宙システム等の全てにおいて、フィードバック制御が幅広く使用される理由は、制御対象の動特性が完全に分かっていなくとも、未知の外乱がシステムに入ってきても、システムを高信頼で安定的に運用できるからである。
制御の利用分野は非常に広く、エレメカ・システム、電子システム、情報・意思決定システム、等もある。制御原理は、生物、医学、経済学の中にも見られる(例、フィードバックメカニズム)。ますます、制御はミッション・クリティカルな要素技術(制御システムが故障するとシステム自体が駄目になる)となってきている。
制御分野の発展には、純粋数学や応用数学、航空宇宙、化学工学、機械工学、電気工学、オペレーションズ・リサーチ、経済学、物理学、生物学、等の分野からの知識が貢献してきた。
この過去40年間において、アナログやディジタルの電子部品の出現により制御技術の応用先が大きく拡大され、制御技術は無くてはならないものとなった。華々しい成功を納めた例として、航空や宇宙における制御、製造業における制御システム、化学プラントにおけるプロセス制御システム、通信システムの制御がある。これらの応用により、現代社会における労働生産性の向上に制御が大きく貢献した。
これら工業的応用における貢献以外に、重要な知的貢献も制御分野はもたらした。必要性にせまられ、制御の理論家や技術者は、数学を厳密に応用して、モデリング、解析、設計、テストの信頼できる技術を開発した。それによって、現在我々が扱っている多様で複雑なシステムの開発や実装を可能にした。また、これらのシステムの全体像の把握やそれを実現する知識や技術の習得を望む人たちへ情報取得と技術習得の場を制御分野は与えてきた。
未来へ向けてのチャンスと課題
ユビキタス(どこにでもある)で分散化されたコンピュテーション・コミュニケーション・センシング・システムの出現は、過去には想像もできなかった多量のデータへの接近とその情報処理を可能にし、このことは、軍事、商業、科学応用に多大な影響を及ぼすものと思われる。先端的な電力網やインターネットの制御に見られるように、ソフトウェアシステムは、物理系と分かちがたく統合されており、制御は高い機能性、高い信頼性、不確かな場面での構造変更しての運用保全等の必要不可欠な役割を担っている。すなわち、制御の進歩にもとづく新たな分野への応用は限りなく広がっている。
◆技術的視点からみたチャンスと課題
・ 記号処理と連続ダイナミックスの両方を含むシステムの制御
(目的:AI的な知識の実時間制御への取り込み)
・ 分散、非同期、ネットワーク系の制御(例、インターネット)
・ 高次レベルにおける自律と協調(例、企業の計画・資源配分・実行システムの統合管理、無人飛行)
・ 制御アルゴリズムの自動統合と有効性の自動証明(目的:ロバスト性、高信頼・高保守性の確保)
・ 信頼性の低い部品を用いた高信頼システムの設計(例、電力ネットワーク、インターネット)
◆分野別視点からみたチャンスと課題
・ 航空宇宙と交通
・ 情報とネットワーク
・ ロボットと知的な機械
・ 生物学と医学
・ 物質と処理
・ 他の分野(例、環境科学技術、経済とファイナンス、電磁気、
分子・量子・ナノスケールのシステム、エネルギー・システム)
◆制御教育におけるチャンスと課題
従来制御は主に工学部で教えられて来ており、大学院レベルでのみ応用数学やオペレーションズ・
リサーチのカリキュラムの一部として他学部の学生にも共通講義として開かれていた。
現代の制御技術者は、システム技術者の役割をより強く求められるようになっており、複雑な製品
やシステムの多くの要素を組み合わせる責任を担っている。そこでは、制御に関する知識や技術だ
けでなく、物理、化学、電子、計算科学、OR等の幅広い技術の理解力が必要であり、さらに、成
功のためには、リーダーシップとコミュニケーション技術が必須となっている。
この報告書で指摘されたチャンスを活かすには、新たな環境に適するように制御教育を再構築する
必要がある。大きなインパクトは、新たな分野への制御の応用によりもたらされるのであるから、
従来のような工学の素養を前提としない、生物学、計算科学、環境科学、物理学、等の他の学問を
学ぶ人たち向けの制御教育が必要である。また、制御分野では多大な仕事がなされてきているので、
現在の知識を統一的に小さくまとめる必要がある。広い範囲の制御技術を効果的な方法でシステマ
ティックに教えるための新たな教科書の作成も必要である。
提言
制御はチャンスに恵まれた分野であり続けるであろう。チャンスを活かすには、将来の制御研究者が新たなツールや技術を開発し、新たな応用分野を開拓することが重要である。この目的のために、パネルは以下の五つの活動を推奨する。
◆パネルが推奨する五つの活動
・ 制御・情報処理・通信の統合(例、航空・道路・交通システム、通信システム、企業活動の統括と供給ネットワークの管理)
・ 複雑な意思決定システムの制御(例、企業間連携によるサプライチェーン管理、軍用の無人移動体、介護人とロボットの協調)
・ ハイリスクで長期的な制御の応用(例、ナノテク、量子力学、電磁気学、生物学、環境科学への学際的挑戦)
・ 理論や数学の活用面での強化
(例、複雑なシステムのシステマティックな設計手法構築には理論が必要、次世代の制御研究者・技術者の厳格な教育には理論が大切)
・ 制御教育等への新たな試み
(例、制御の概念は、すべての科学者や技術者が修得すべきものであり、これに向けた教育アプロ
ーチの構築。 専門家と非専門家向けの別々の教育コースと教科書の作成)
結言
産業、軍、科学応用の分野で制御は、重要な役割を果たしてきており、今後の本格的な情報社会においても、ますます重要な役割を担うことになる。そのために大切なことは、対象システムの全体を把握し、複雑なシステムのモデリング・解析・設計・テストにおいて技術的なリーダシップを発揮できる人材を育てることを継続して行うことである。
(注)以上が報告書の要約であるが、日本においても同じような制御教育改革の試みが行われおり、その一例として、東京大学の木村英紀教授らが、横断型科学技術の教育機関の設置を提言している。
計測自動制御学会など12の学会は、会長の連名で「横断型科学技術の重要性」を訴える提言を総合科学技術会議の桑原洋議員ほか有識者議員に提出した。提言の全文は計測自動制御学会のホームページ(
http://www.sice.or.jp/)に掲載されている。現在「提言」に賛同する学会は文科系を含めては25学会に達し、これらは新しい学会の連合組織を模索している。