サプライチェーン・マネジメント

経営工学に関係するシステム制御の題材として、サプライチェーンマネジメント(SCM:Supply Chain Management)システムを取り上げる。サプライチェーンマネジメント(サプライチェーン管理)は企業経営の要の一つであり、インターネットに代表される社会の情報化の進展にともなって、実践形態が大きく変わりつつある。情報ネットワークがビジネスモデルの変更を要求し、この情報インフラをうまく利用した企業が急激に成長しつつある。例として、デル・コンピュータ、ウォル・マート、セブンイレブン、ファースト・リテーリングなどが新聞や雑誌によく取り上げられている。

(注)ビジネスモデルとは、だれにどんな価値を提供するのか、そのために経営資源をどのように組み合わせ・その経営資源をどのように調達するのか、パートナーや顧客とのコミュニケーションをどのように行うのか、いかなる流通経路と価格体系の下で届けるのか、というビジネスのデザインについての設計思想である。
 

SCMとは?

サプライチェーンマネジメントとは、サプライチェーン(材料の調達から生産,販売、物流までの一貫したビジネスプロセス)の全体を最適化(効率化)することにより、コストの削減、利益拡大、顧客満足度の向上を計るものである。一つの企業で生産から販売まで完結している場合はまれであるので、企業間の協力(コラボレーション)によってSCMが実現されることになる。別の見方をすると、生産管理、物流管理、販売管理、等が経営管理と統合されたものとしてSCMを捉えることもできる。地球との共生の意識が益々必要とされる時代に、環境経営の観点からもSCMのグローバル最適化により、資源の有効活用や環境への負荷を減らすことを通して社会へ貢献することが望まれる。コラボレーション、アウトソーシング、受注生産、キャッシュフロー経営等をキーワードとするSCM技術は、企業や社会が発展して行くためには、欠かせない技術である。

 

(注)サプライチェーンに、事業機会予測や製品開発・設計のプロセスも含める場合がある。

(注)マーケティング:売る製品、価格、売る場所あるいは販売チャネル(店舗、通信、等)、販売促進手段、等を決めること。

そこにおける生産システムとは、計画部では、小売店等の販売実績量や予約注文量から将来の販売量を予測し、この予測が示す商品・時期・量にあわせて、かつ、グローバル展開された複数工場の生産能力等の制限を満たす範囲内で、各生産工場の必要な資材量や生産量等を求め(資材調達・生産計画)、実行部ではネットワーク利用の遠隔操作等による生産ラインの自動化をしたりして、全工場を一工場のように広域運営して計画どうりの生産を行うものである。売れ行きにすばやく応じるために、計画のサイクルは短期化の傾向である。さらに一部には、顧客満足度の向上のために、顧客指定の部品を使って生産するもの(顧客仕様による受注生産)や製品の納入時期をすばやく回答する機能を持つものまである。このようなシステムでは、「自律分散概念」により段階的な拡大・縮小が可能である。

そこにおける物流システムとは、計画部では、顧客が望むものを望む量だけ望む時に受け取れるという条件を満たす範囲内で、輸配送費や在庫保管費などの物流コストを安価にする運搬手段、運搬量、ルートや倉庫・流通センタの各在庫量等を求め(輸配送計画や在庫計画)、それを実行部で計画どおりに実行するものである。そこにおいては、EDIやWeb技術を駆使した企業間受注・発注業務のリアルタイム化、ICタグ利用の運搬物の認識による物流の自動化、等で物流コストの適正化、市場変動へのすばやい対応(欠品やムダな在庫の解消)、納期を守もることを実現するものである。

(注)自律分散概念:生体細胞の新陳代謝のプロセスを手本とし、システム要素を部分的に入れ替え可能とすることで、システム全体をいつも最新の状態に保つ。

(注)EDI:Electronic Data Interchange の略号で、コンピュータに乗る電子の形でのデータ交換のこと。

(注)ICタグ:IC技術応用のタグで、「複数個体の一括認識」「大容量」「読み書き可能な情報保持能力」等の特徴を持つもの。

SCMの背景

SCMはビジネス・システムの差別化として表出して来たものであり、日本のJIT(Just In Time:トヨタ自動車の有名な生産管理方式)や系列によるビジネス形態を手本に、さらにそれらを凌駕する目的で主にアメリカで概念化されたものであり、米国経済繁栄の一因になっていると言われる。情報技術と経営技術の融合された点を特徴とし、具体的には、CPFR(Collaborative Planning Forecast and Replenishment)によって全米の在庫は2500〜3000億ドル削減の予測、インフレ抑制の効果、米国アパレルの業界の見切り値引き販売・欠品による売り逃し・在庫過剰によるロス250億ドルのうち半分は削減できる予想、等が指摘されている。

一方、情報通信技術の進化は経済活動のグローバル化や急激な市場変化をもたらし、企業間では、価格、品質、顧客要求への対応スピードなどの競争である。そのため、これまで独立していた生産システムや物流システムと経営情報システムを統合し、企業活動のトータルな合理化を進める動きが盛んである。さらに、一企業の範囲を超えて、サプライチェーン(もの造りのための原材料の入手(資材調達)から生産、配送、販売、等の顧客へ納めるまでの一連のビジネス業務)に連なる企業間の連携により、サプライチェーン全体の最適化を計ることが流行である。企業間連携の基盤は、販売量や倉庫の製品在庫量等をリアルタイムで共有化できる、世界的に標準化されたEDI(電子の形でのデータ交換)技術やIP(Internet Protocol)に代表される情報ネットワーク技術である。

(注)IP:Internet Protocol の略号で、インターネット上の通信規約のこと

別の言い方をすると、個々の企業にとって、顧客ニーズが多様化し,製品やサービスのライフサイクルがますます短くなり,低価格化(コスト削減)や短納期化や納入時期の早期回答が求められている。 したがって、資材調達から販売までの期間を出来るだけ短くして売れ残りのリスクを最小にする必要があり、サプライチェーンに連なる企業間では、情報の共有を含めて協調することで共存共栄を計りはじめている。

SCMシステムは、従来言われていた生販物(製造・販売・物流)統合化システムがより理想に近づく形で実現できるようになったものと考えられる。顧客の満足を得るための顧客サービスを環境変化に対応させながら競争優位に展開する戦略性と、コスト削減のため、生産・販売部門は無論、企業外のサプライヤー・卸・小売との間の「物の動き」の統合をめざす統合性とを兼ね備えるSCMシステムは、多様な情報をリアルタイムで共通認識し、サプライチェーンが一体となって市場の動きにスピーディーにかつ的確に対応しつつ、全体最適化を実現する。SCMシステムは、ERPを導入済みの企業が、IT(Information Technology)投資の効果を享受するために導入されることが多い。

(注)ERP(Enterprise Resource Planning)は、資材調達から生産・在庫・流通・販売それぞれを支援する会計・人事など全社的な経営資源を管理するシステム。 

SCMの実例

生産計画の見直しの小サイクル化で市場変化に迅速対応:従来のメーカーは、過去の販売実績データ等を考慮して、月に一度だけ生産計画を立て、それに基づいて生産を実行していたので、顧客のニーズの変化への対応が遅れがちで、不要な製品在庫を抱えがちであった。そこで、直前までの販売実績情報等から、週に一度とか、毎日とか生産計画を見直すことで、不良在庫を無くし、欠品(品不足)をなくして顧客満足を高めている。デル・コンピュータ等のパソコン・メーカーなどの例が良く知られている。

生産企業が直接顧客から受注:販社、卸、小売等を通さずに、直接顧客から注文を受けることで、市場動向をすばやく知って対応出来るようになるとともに、顧客指定の仕様の製品を造ることや製品を納められる日を答えることで、顧客満足度を高めている。デル・コンピュータの例が良く知られている。

(注)デル・コンピュータの場合は、新しいビジネス・モデルを開発したとして有名である。つまり、製品を店頭にならべて売れるかどうかを心配していた過去のビジネス慣行をやめて、インターネットを通してWebで注文を受けてから組み立てるという受注生産の形態をとることで、製品在庫の無い分だけキャッシュフローに余裕を持って事業を営んでいる。

販売予測精度向上:過去の販売実績を単品管理することや、天候や地域のイベント情報との相関、地域の文化・週間・人口構成の類似性等を考慮することで販売予測精度を向上させ、製品の不良在庫や欠品を削減。セブンイレブンやウォル・マートの例が有名である。製品サイクルの短い電子機器関連では、製品メーカーの部品発注の予約情報(短期の予約は引取責任を生じるが、長期のものは引取責任は無い)から、部品販売予測精度の向上も図られている。

企業間業務の見直し:店頭の販売や製品在庫情報をメーカーに渡すことで、メーカーが販売企業の店別の在庫管理を行う(VMI(Vendor Managed Inventory)と呼ばれるもの)。あるいは、EDIによる受発注業務の完全ぺーパレスや納入品の立会検査廃止までもの合理化が進んでいる。

3PL :3rd Party Logistics の略号。自社商品の配送や在庫管理など、物流業務全体の企画・設計から運用・管理、さらには改善までをアウトソーシングする(外部企業に任せる)考え方。メーカーの系列の物流会社では、競合メーカーの製品の搬送を請け負うことは難しいが、独立系の物流会社であれば、両方の物流を共同配送することで物流コストを低減することができるし、一つの企業の盛衰にとらわれないので、合理的な物流網の投資による適正なコスト維持が可能になる。

資材調達コストの低減:ネットワーク上の仮想マーケットにおいて、資材メーカーに納入コストを競わせることから、調達コストを安くする。この仮想マーケットは、eマーケットプレイスとよばれている。自動車メーカーなどの資材調達の例が多い。

SCMを可能にする要素技術

1) IP(Internet Protocol)に代表されるネットワーク技術

IP技術によって世界中の個々のシステムの連携が容易になった。さらに、大規模プラントネットワークにおける遠隔操作、遠隔保守のためのセキュア通信プロトコル技術により、分散した監視制御や生産拠点の統括監視が実現された。最新のWeb技術を駆使して企業間におけるリアルタイムの受発注業務が実現可能となり、ファイアウォールとウェブサーバにより、状況をインターネットによってどこからでも知ることが出来るので、販売・生産・調達・物流、製品開発まで含めた各業務での情報共有と意思決定によるサプライチェーン全体の最適化が出来るようになった。

2) 制約を考量した最適計算アルゴリズムとコンピュータの処理能力の向上

生産計画や輸配送計画を立てる問題は、制約付の非線形計画問題である。制約とは、各生産工場の生産能力、調達資材量、貨物飛行機・船・列車・トラックの(重量や容量の)運搬能力、納入時期等のことであり、生産量と生産コストとの間、あるいは、輸送・配送量とそれにかかるコストとの間には非線形の関係がある。非線形最適化問題の解法は最適解の試行錯誤的な探索であり、実用的な時間内に得られる準最適解を答えとして使うということになる。探索を十分するほど、最適解に近づく可能性が高まるので、コンピュータの主メモリ上で問題のデータを展開して処理速度を上げている。

(注)コンピュータが磁気ディスクのような補助メモリのデータを使うと読み出すのに時間がかかるが、主メモリのデータだけですますと処理時間は非常に短くなる。

3) 標準化と同定技術(バーコードやICタグ)

バーコードや ICタグを利用した、ものの認識の自動化により、物流の合理化が進んでいる。コンビニやスーパーに行くと、ハンディ・ターミナルで商品のバーコードを読むことで、POSデータを容易に電子化して、単品の販売管理に活用している。ICタグは、非常に小さいので一枚の紙の中に埋め込むこともでき、アンテナも装備されているので、非接触で無線の通信ができ、「複数個体の一括認識」「大容量」「読み書き可能な情報保持能力」といった特徴を持ち、効率的な物流システムや単品管理システムを実現させている。ICタグは、物流タグとしての利用法以外に、電子伝票としても活用されている。
 

システム制御の観点から見たSCMシステム

皆さんは、SCMシステムをシステム制御の観点から捉えることが出来たであろうか? 現状の問題点や改善提案を思いついたであろうか?

様々な捉え方ができると思われる。いくつかを以下に紹介する。

市場動向に追従するために、販社・小売と生産企業がオンラインで販売情報を共有している。これは、生産企業へ販売情報がフィードバックされて、市場動向に合った製品造りを可能にしている。つまり、フィードバック制御が働いていると捉えられる。時間遅れが有ると全体のシステムが有効に機能しなくなり易く、顧客の望んだ品を望む時に望む量提供することは難しくなるので、オンラインの情報共有で時間遅れを最小にとどめている。無論、生産や輸・配送に時間がかかれば、市場動向に追いつけないことになるので、これらの時間短縮が様々な方法で追求されている。システム制御の「時間遅れ」の概念を表わすことばとして、このフィールドでは「リードタイム」という言葉が使われる。調達リードタイム、生産リードタイム、輸送・配送リードタイムの短い企業が市場で優位に立っている。 販売実績データから将来の販売量を予測している。この問題は、観測問題の拡張であり、過去実績データにフィットする数式モデルを求め(モデリング)、そのモデルを用いて将来の販売量を求める。 実際には、予約注文データやイベント(価格変更、消費税率の変更、製品切り替え、等)情報も考慮して予測値を求めている。例えば、値上げ、あるいは、販売促進のためディスカウントする場合には、価格変動に対する販売量変動の感度である価格弾力性を考量して、販売予測量を補正している。 SCMシステムにおける生産計画や輸配送計画における非線形計画問題は、最適制御問題の拡張されたものとして捉えることができる。最適制御の解がすっきりとした形で求まるのは、線形システムの場合であり、非線システムに対しては準最適解しか求まらないのが普通である。準最適解を求めることを、システム制御の方では、最適化制御と呼んでいる。そこでは、非線形計画法により、ヒューリスティックに探索(経験的な試行錯誤)して求めている。 流通外資の進出、小売構造の変化や価格競争の激化などを背景として、これまで頑強に構築されてきた系列店などのチャネル組織とリベートなどの取引慣行を修正する動きが目立っている。その一方で、電子商取引の普及を背景としてメーカーと卸売業そして小売業との新しい取引関係の構築を目指す動きが生まれている。またネットワーク組織の原理に基づく新しい流通組織も浮上している。