源氏鶏太怪談の部屋

源氏鶏太(1912〜1985) 本名田中富雄 富山県生まれ
1934年報知新聞社主催の小説コンクールに「村の代表選手」が入選。
その後戦争を挟んで1947年「オール讀物」に投稿した「たばこ娘」が採用された後サラリーマン小説を書きつづけた。
1951年「英語屋さん」で直木賞受賞。「三等重役」がベストセラーになる。
明朗とユーモアの小説を書きつづけたが、1970年頃から一転怪奇小説を発表し始める。
以後、従来の作風の作品も多少発表しながらも、逝去するまでの晩年は短編の怪奇小説を継続的に発表しつづけた。
その作品はモダンホラーとは一線を画する古典的な怪談であり、
現代では忘れ去られ古書店の隅に眠っているかの感があるが、

今こそその小説の巧さと妖異への思いが渾然一体とした作品群を賞味すべきときである。
ここでは
その怪奇小説を収録した著作群を紹介したい。



幽霊になった男
昭和45年8月28日初版 講談社刊
収録作品
幽霊になった男(「小説新潮」昭和45年6月号)
口髭をはやした男(「別冊文春」昭和45年3月号)
おかしな夢(「小説現代」昭和45年5月号)
社長夫人の鑑(「小説セブン」昭和45年4月号)
料亭嵯峨(「オール讀物」昭和44年6月号)
悠悠自適(「小説セブン」昭和44年10月号)
感心な女(「小説新潮」昭和44年8月号)
最後の運(「小説新潮」昭和45年3月号))
御身大切(「別冊小説新潮」昭和44年10月号)
本当の本妻(「別冊文春」昭和44年6月号)
あとがき

30冊目の短編集で転機となった時期と重なっているため、幻想的怪奇的作品は一部であるが、
昭和45年3月以降の作品5編は1編を除いて全て超自然的要素を含んだ小説である。
なお本書はロマンブックスからも再刊されているが未見。


艶めいた遺産
昭和47年12月30日初版 集英社刊
収録作品
艶めいた遺産(「小説現代」昭和47年9月号)
妖怪変化(小説新潮」昭和47年3月号)
一人前の二号(「小説宝石」昭和47年1月号)
悪い噂(「小説現代」昭和47年1月号)
ふつつかな女(「小説現代」昭和47年4月号)
母親の失敗(「小説現代」昭和47年7月号)
鬼の昇天(「小説新潮」昭和47年8月号)
死神になった男(「小説宝石」昭和47年6月号)
あとがき

本書は集英社文庫から再刊されている。
また、本書に含まれる幽霊小説3編は角川文庫版「死神になった男」にも収録されている。


暴力課長始末記
昭和48年11月15日初版 実業之日本社刊
収録作品
貰ってきた赤ン坊(「週間小説」昭和47年5月5日号)
ふるえ上がった亭主(「週間小説」昭和47年7月14日号)
至極泰平(「週間小説」昭和47年2月25日号)
奇妙な母娘(「週間小説」昭和48年2月2日号
暴力課長始末記(「週間小説」昭和48年6月29日号)
幽霊を抱いた重役(「小説現代」昭和48年2月号)
あとがき

本書には1編除いて怪奇小説である。
また本書と次の「東京の幽霊」を合本にした作品集が
「幽霊を抱いた重役」のタイトルで桃源社から刊行されているらしいが未見。


東京の幽霊
昭和49年4月15日初版 文藝春秋刊
収録作品
東京の幽霊(「小説サンデー毎日」昭和48年9月号)
杉の木を売った(「オール讀物」昭和48年10月号)
人手不足(「小説新潮」昭和49年1月号)
課長の女だった女(昭和48年5月号)
聖なる母(「小説宝石」昭和48年5月号)
電話をかけて来た女(「問題小説」昭和48年9月号)
二号の恩返し(「小説現代」昭和48年6月号)
あとがき

本書は7編中5編が怪奇小説。
これ以後普通小説と怪奇小説の混在した作品集は無い。


怨と艶
昭和50年8月30日初版 集英社刊
収録作品
瓶の中の男(「小説新潮昭和50年4月号)
みだらな蝶(「小説サンデー毎日」昭和50年6月号)
お待ちしていました(「問題小説」昭和50年3月号)
二つの顔の女(「週間小説」昭和50年4月25日号)
鎮魂の川(「週間小説」昭和50年1月24日号)
怨と艶(「オール讀物」昭和49年12月号)
社長夫人になった女(「小説新潮」昭和49年9月号)
黒いゴルフボール(「小説現代」昭和50年1月号)
あとがき

あとがきより
「本書には妖怪変化の出てくる小説ばかりが集めてあります。というよりも私は、
このところ、こういう小説しか書いていないのです。過去、妖怪変化の出てくる小説を
20編くらい書いています。そういう小説をもう10編ぐらい書くつもりです。
その理由は、一口にはいえませんが、結局、書きたいからということになります。」

本書と次の「鏡の向う側」を合本にした作品集が
「二つの顔の女」というタイトルで桃源社から刊行されているらしいが未見。


鏡の向う側
昭和51年5月25日初版 集英社刊
収録作品
鏡の向う側(「小説新潮」昭和50年8月号)
やさしいOL(「問題小説」昭和51年4月号)
夢の中の顔(「オール讀物」昭和50年9月号)
喪服(「週間小説」昭和50年7月18日号)
金曜日の夜(「小説現代」昭和50年8月号)
棚の上のボトル(「小説宝石」昭和50年10月号)
夜の墓場(「季刊藝術」昭和50年夏季号)
愛と憎しみの海(「問題小説」昭和50年11月号)
電話の中の部屋(「小説現代」昭和51年4月号)
鬼燈色の窓の燈(「小説新潮」昭和51年2月号)
あとがき

あとがきより
「本書には前の「怨と艶」と同様に妖怪変化の世界ばかりを集めております。このところ短編小説に
限っていえば、妖怪変化しか書いていません。このことが過去多少とも私の作品に関心を寄せて下さっていた
人人に果たして喜ばれているかどうかわかりませんが、それとは関係なしに、人間の心の中に棲む妖怪変化を当分の間、
こういう形で書き続けてゆきたいと思っております。それにしても出版に当たって読み直し、いろいろと試行錯誤を
繰り返しているとの反省を深くしました。」



永遠の眠りに眠らしめよ
昭和52年8月15日初版 集英社刊
書き下ろし長編。
あとがきは無いが、最終ページに参考文献があげられている。
帯には「現代サラリーマンの悲哀を描く妖怪ロマン」
集英社文庫から再刊されている。
売れ行きが良かったのか割合良く見かける本である。


レモン色の月
昭和53年6月10日初版 新潮社刊
収録作品
眼(「小説新潮」昭和52年10月号)
レモン色の月(「問題小説」昭和52年12月号)
百人が見ていた(「小説新潮」昭和51年8月号)
十日間待て(「小説宝石」昭和51年9月号)
四十九日忌まで(「週間小説」昭和52年8月?日号)
ロビイに来た客(「小説新潮」昭和51年8月号)
鏡のある酒場(「週間小説」昭和52年12月?日号)
手鏡(「小説現代」昭和52年10月号)
末期に見た夢(「小説宝石」昭和52年11月号)
あとがき

あとがきより
「本書にもこの頃の傾向として、前の「鏡の向う側」、更にその前の「怨と艶」(集英社版)と同様に
妖怪変化の世界ばかりを集めております。すこし幽霊という言葉を安易に出し過ぎていて、
最近では反省しているのですが、私は、この齢になって、この世の中に摩訶不思議の多いことは事実ですし、
そのことを描いてみたくなったことが、こういう小説に走った一つの原因です。
この世の中の摩訶不思議は偶然によることが多いでしょうが、人間の心の深層に棲んでいる魔こそが
問題ではないかと思っております。したがって、その魔を考えると、どうしてもこういう小説の形式に
ならざるを得ないのです。そういう意味でこういう小説は、一般にいわれている妖怪小説というよりも
摩訶不思議小説といいたい気持ちです。ただ理想には遠く、こんど読み直してみて、
相変らず試行錯誤を繰り返していることを痛感しました。」

書影はアバンギャルドな表紙が美しい単行本版であるが、新潮文庫から再刊されている。


みだらな儀式
(副題サラリーマン恐怖小説)
昭和54年5月30日初版 光文社刊
収録作品
黒いネクタイ(「小説現代」昭和53年7月号)
南無や大悲の(「小説宝石」昭和53年7月号)
三人の客(「問題小説」昭和53年9月号)
みだらな儀式(「小説現代」昭和53年11月号)
地獄の夢は終わった(「小説宝石」昭和54年1月号)
墓があった(「オール讀物」昭和54年2月号)
好色な幽霊(「小説現代」昭和54年5月号)
あとがき

あとがきより
「本書においても私のこの頃の傾向、というよりも頑固なまでに、この世の摩訶不思議についてのみ描いております。
こういう小説は、人によっては頭から毛嫌いされるかも知れませんし、荒唐無稽に過ぎると批難されるのを承知の上で、
なおも当分の間続けてゆこうと思っております。自分では人間の心の奥に棲んでいる魔を無視出来ない年齢になったからだと
考えたり、一度はこの世界を描いておかないと、本当の小説を書くことが出来ない筈との反省にも関係しております。
ここで本当の小説とはと開き直っていう気持ちはありませんが、すくなくとも摩訶不思議ー心の魔ーをたっぷり描き切った後に、
今までとは違った小説の世界が展けてくるような気がしております。それがほんのすこしですが見えて来ているように思っております。
何れにしてもこの風変りな小説集が何んとか読者の心を打ち、
この世に散在する摩訶不思議の世界が理解されることを切望いたしております。」






昭和55年10月25日初版 実業之日本社刊
収録作品
鬼(「週間小説」昭和54年2月16日号)
堕ちる(「週間小説」昭和53年1月13・20日合併号)
摩訶不思議の終焉(「週間小説」昭和53年4月4日号)
赤いライター(「週間小説」昭和53年7月21日号)
まだ間に合う(「週間小説」昭和53年11月24日号)
靴音を聞いた(「小説宝石」昭和54年1月号)
美談と醜聞の間に(「週間読売」昭和54年1月8・15日合併号)
紐(「週間小説」昭和54年5月25日号)

初出一覧のみであとがきはなし。副題に幽冥小説。


振り向いた女
昭和57年8月20日初版 講談社刊
収録作品
振り向いた女(「小説現代」昭和57年8月号)
死者の見た夢(「小説新潮」昭和57年5月号)
幽霊の出る墓場(「オール讀物」昭和57年3月号)
運がよかった(「小説新潮」昭和56年2月号)
課長の幽霊(「小説宝石」昭和55年10月号)
夢の中(「問題小説」昭和55年8月号)
他人の声(「別冊小説新潮」昭和54年夏号)
向う側からの声(「問題小説」昭和54年8月号)
ホテルのロビイから(「オール讀物」昭和54年7月号)

初出一覧のみであとがきはなし。
最晩年の作品集。

このほかに再刊以外の著作として「死神になった男」(角川文庫)「招かれざる仲間たち」(新潮社)があるが、
本が埋もれてまだ出てこないので、出て来次第追加します。

また「振り向いた女」以後の最晩年に書かれた怪奇小説が4編あるらしいが、雑誌掲載のみで未見。
図書館等でコピーするしかないだろう。


参照資料:資料・源氏鶏太 高杉方宏著 フリープレス刊
   日本幻想作家名鑑 幻想文学出版局刊