平野 透 コラムTOHRU HIRANO COLUMN Archive
2001年〜2002年:コラム アーカイブ

 

 

直感≠嫌な予感≠Synchronicity:シンクロニシティー/共時性
2002年7月記載コラム


2006年の8月の御盆のとある猛暑の夕方、交通事故にまきこまれた。

僕はデザインや絵画を描くという仕事柄、
普段はアトリエでのインドアな生活になり、
運動不足になりがちなこともあって『自転車に乗る事』が
15年ほど前から数多くある趣味の中の
ひとつになっている。


ここ何年かは趣味の域を超えて1日に100Kmなんて距離を走ってしまうまで
ハマっていて、もはや趣味ではなくトレーニングと表現した方がいいくらいだ。



その日もいつものコースへ2時間ほどの軽いトレーニングに出かけた。

普段トレーニング中は片耳に「iPod」で、その日の気分に合わせた音楽を
聞きながらなので、あまり思考回路も働かず考え事もせず、ひたすら走るだけになる。


しかし、その日は自宅を出た時から
『帰りに、あのコンビニに行かないと...』という
「誰かからの指令」ともとれる思考が僕の頭から離れなくなっていた。

普段、自転車でのトレーニングの帰り道は、どこにも寄らずに帰るのに、
その日に限って「そのコンビニで買う物のリスト」を考えていたりした自分がいた。

その時点では普段と違う自分の思考を何も不思議に思っていなかった。


そしてトレーニングの帰り道の途中にあるコンビニに近ずき、
もう目の前にある時点まで『このコンビニに寄ろう』と思っていたが、
丁度、その先にある信号が青だった事を一瞬、認識した時には
もうすでに「そのコンビニを通過していた」状態だった。

この先には、もうコンビニなどない。
『あれほど寄ろうと思っていたあのコンビニ』だったので
一瞬、ひきかえそうか?という考えも浮かんだが、
僕はあっさり、そのまま走り続け帰路についた。

そして車に接触されたのは、その直後のことだった。


つまり、あの時、自分の直感とも言うべき
『このコンビニに寄らなければ』という感情に従っていたら、
時間軸的な推測からすると『事故に合わなかった』という事になる。

僕がコンビニに寄ることで数分間、時間がずれていたら、
相手の車を目にふれる事もなかったという事になる。


恐らく相手の車の運転手も
『あの道を通る前に...あの時.....していれば...』という
時間軸的なタイミングで偶然に、その道を通りがかったという
後悔が少なからずあるであろうと推測できた。

このような時間軸的現象のほとんどが、後になって思ってみたら、
「あの時.....していれば...』という
その時の自分の感情を後から気が付いたりするものだ。


結局、『帰りにコンビニにいかないと...』という
「誰かからの指令」ともとれる思考は、
ある意味の「シンクロニシティー:意味のある一致」だったのだろう。



「嫌な予感を回避する為の集合的無意識」が働いての直感。
やはり直感には素直に従った方が良いことをあらためて感じた1日だった。


そして帰宅し部屋の天井のライトのスイッチを入れた途端に
2個のハロゲンライトが切れた。

この現象にも『またいつもの現象か』と何も不思議に思わない自分がいた。




4486015142 知の総合化への思考法―科学的思考と直感
高辻 正基
東海大学出版会 2000-04

直感と人間の脳メカニズムと対比した解説でとても興味深い

 


2002年7月記載のコラム 

 

 

 


カメが売れている?

2002年10月記載のコラム  



百貨店のペットSHOPや、東急ハンズのペットコナーで
例年以上に「カメ」が売れていると言う。

東京品川区の、あるペットSHOPでは
ウインドー内はカメだけ、なんていうSHOPも出来た。


また最近では洋服を扱うSHOPでも花や魚、ハチュウ類などの
「生き物」がいっしょに売られるお店も出てきている。

代官山のあるインポートの洋服屋では花屋が
併設されていて、評判も良いという。

ラフォーレ原宿に今年3月にオープンしたSHOP「ライブ」では、
亀、金魚、イグアナなどのハチュウ類を、洋服と同じフロアーで
販売しているが、ペットの販売も、女の子を中心に人気のようだ。


洋服を買いに来たはずなのに、
思わず可愛さで「子ガメ」を買って行く若い女の子もいると言う。

また数万円するトカゲも売れているようだ。

これらの現象は「犬やネコを飼えないから」という住環境から、
"いやし”を求めて小スペースでも飼えるペットということなのだろうが、
今回の世間での「カメ」ブームは少し違うようだ。

実は僕のアトリエでも1年半前から
ゼニガメ(ミドリガメよりも性格はおとなしい) を2匹と、
お祭りの時に金魚すくいでとった金魚を5匹飼っている。

毎日彼らにエサをあげるのと、
週2回の水槽の掃除が自分の生活のサイクルに加わった。



そこで先日「なぜ今、カメなのか?」真剣にカメを見ながら考えてみた。

そして出た結論は 「カメの甲羅、全体のフォルムが新鮮」だという
単純な考えが、まずは頭に浮かんだ。

身を守る防御の為とは言っても、何であんな体のほとんどを占める
大きさの"宿"を背負っているのか?重たいだろうに? 気の毒だなぁ、
なんて考えながら約5時間もの間、カメを眺めてみた。

カメと5時間向き合う、もちろん初めての経験だ。
そこまで長い時間向き合えば、彼らも心を開く。

犬のようにはいかないものの、
あんなに小さい生き物が意外と人間に"なつく"のだ。

こんなに長い時間、向き合う前も彼らは少しずつ私の存在を認識していたのだが、
このお見合いをきっかけに、一段と彼らとの心の距離は縮じまった。

今では名前(カメキチとカメコ)を呼ぶとちゃんと聞き分け寄ってくるようにまでなった。



彼らの寿命では通常、あと30年ほどは、生きるようだ。
こんな不思議な身体で古代から、ほとんど姿が変わってないカメ。
やはり見れば見るほど、不思議な身体のフォルムをしている。

彼らの目には、人間はどう映っているのだろう?

そんな事を考えながら、今日も亀吉くんを眺めています。

 


亀吉


水温は28度前後に保ち、水槽内には紫外線ランプ、
そしてバランスのとれた餌を与え、水は常に綺麗にしておく。
そうすればゼニガメ君はとても長生きします。
                

2002年10月記載  



4924603511 ミドリガメ、ゼニガメの医・食・住
菅野 宏文
どうぶつ出版 1999-04


 


 
■What's Surrealisme?■「Surrealisme/シュルレアリスムって何?」
「シュールとは何か?」を思考するページです  こちらから

 

 

 

「私の中のフリーダカーロ展」

(2002年記載コラム)

品川の原美術館で「私の中のフリーダカーロ/森村泰昌」展が開催されています。


森村さんは「変身のセルフポートレート」で知られているように、
時にはゴッホに、モナリザに、時にはハリウッド女優にと、
名画の主人公に自らなりきり、それをセルフポートレートという
表現で発表している作家です。

今回のテーマでもあるフリーダカーロは、
メキシコを代表する女流画家で、自画像を中心とした強烈な絵画作品のみならず、
その生き方や存在自体が、今も多くの人々の共感を集めている画家です。


不慮の事故で寝たきりのままで、
自画像を描き続けたフリーダ、それらは強烈な人間本来の
「精神の起原」の表現と言えるでしょう。


そんなフリーダカーロに捧げるオマージュ的作品は
一見強烈な印象の作品ですが不思議と心休まります。

(2002年記載コラム)

 

 

0円写真プリントの秘密

2002年記載コラム


どうしても急ぎで写真の紙焼きプリントが必要だったので、
久々に写真屋さんに行った。

最近はデジカメの普及で、自分でパソコンとプリンターを使って
かなり良い画質でプリントアウトできるので、
最近は、あまり写真屋さんにも行かなくなってしまった。



ところでコンビニにも酒屋さんにも、スーパーにも、
クリーニング屋さんにもある「0円プリント」の看板ですが、
何で0円にできるか?疑問に思った時はないでしょうか。


なかには、そのぶん現像代が高い場合もありますが、
現像代も安くてプリント代も0円がありますが
いったいどのようなシステムになっているか?

本来写真屋さんでもないお店ですから、
もちろん専門の業者が回収に回って大量のフィルムを現像し、
現像からプリントまでを機械化してコストを落としていることが
「0円プリント」にできる最大の理由のひとつですが、
もっともコストを抑えているのは、実は印画紙なのです。


いわゆる「0円でない写真屋さん」の場合は、
フィルムメーカー特約店なので、印画紙も
フィルムメーカーの印画紙を使っている場合がほとんどで、このコストが高いのです。

かたや「0円プリント」の場合の印画紙は輸入の印画紙や、
使用期限ギリギリの印画紙を使うことでコストを抑えているのです。

しかし輸入ものとか、使用期限ギリギリといっても、
色や紙質にそれほどの大差はありません。



そんなプライス戦争に対抗するために、
最近、従来の写真屋さんは「しあがりまで30分!」など
自分のお店に現像機があることを武器に「時間」で勝負しているのです。

(2002年記載コラム)

 

 



アイデアが浮かぶ時

(2002年記載コラム)

よく人からどんな時アイデアが浮かぶのか?と、
聞かれる時がありますが、正直なところ自分でも
あまり認識していないというのが本音です。


しいて言うならば、「作品を創ると決めた時です」と答えます。

これでは何だか、質問した側からすると
「それはわかってます」みたいな、あたりまえな答えになる。


というのも、そもそもアイデアは探しまわるものではないし、
すでに自分の中にあるもだし、それが何かのきっかけとか、
直感でひょいっと出てくるものだからです。

考えに考えてひねりだしてアイデアが生まれても、
それはろくなもんじゃないはずです。


アイデアを引き出すために、そのたびに情報収集したりしていたら、
アイデアを引き出すための「それらの行為自体」が目的になってしまいます。

こうなると最悪の結果しか見えてこない。


「それらの行為自体」が目的になってしまうことに慣れてしまうと、
人間は一種の中毒状態になってしまい、
「その行為自体にだけ」必死になってしまって、
本来の目的を忘れてしまう。

結局アイデア、アイデアと必死になって探しまわっている間は、
アイデアはなかなかやってこない。

それにこだわっているために、
結果自分のまわりに見えないバリアを張りめぐらしてしまい、
直感を遮断してしまうからです。

だから自然のままにしている時や、アイデアのことなど忘れている時
「もうどうにでも、なれ」と思った時などに、すーっと、アイデアがやってくる。


たとえば、なにかが無くなって、
探しても探しても出てこなくて「もーいいや....」とあきらめた時や
無くなったことなど忘れていた時に
「あっ!こんなところにあった!!」みたいな経験と同じです。


探している時には
「 確かにそこも探したはずなのに? その時には無かったはずなのに?」
という不思議な現象の経験があると思いますが、
アイデアが浮かぶ時もそれと似た現象です。

(2002年記載コラム)

 

 



イタリアでの不思議体験

(2002年記載コラム)

1989年ごろ仕事でイタリアの「エンポリ」という街に行った時の話です。
いつもこの時期になると、思い出します。


確か8月7日の蒸し暑い日の、それはPM5:00のことです。
イタリアのフィレンツェから電車で約2時間ぐらい揺られ、
僕は「エンポリ」という街に着いた。

「エンポリ」といえば、G.アルマーニのディフュージョンラインの
ブランド名に使われていますが、その街もアパレル産業で知られている街です。


その時、僕はエンポリにあるレザー工場に行った時の事で
街はもうリゾートシーズンの準備なのだろう?
閑散としている感じだったのを今でもよく憶えている。

ミラノなどの観光地であれば、
リゾートシーズン前であっても街は動いているが、
さすがにここまで遠方に来ると、その街の半分のお店は閉まっている状態だった。

そんな街並みを見ながら、僕は古い造りのホテルにチェックインした。


チェックインするには時間が遅かったが
フロントの男性は、愛想よく迎えてくれた。

宿泊代をケチッたから、しかたないにしても汚いホテルだった。

「でもここまで来たらしかたない」とあきらめ、
ポーターの案内もない状態で部屋に向かった。

部屋に入ると、思ったほど汚くなくて安心し、すぐベットに寝そべった。

すると数秒後に部屋のベルが鳴った。
てっきり、あのフロントの男だろうと思って、
なんの確認もせずに、ドアを開けた。
部屋のドアの横の時計は、PM5:00を指していた。



するとそこに立っていたのは、
視線を下げないと見えないくらいの、女の子だった。

なんにも言わずに、立っているので、
僕が女の子の頭に手を添えようとした途端に、
女の子は、そのまま、エレベーターの方へ走り去ってしまった。

たぶん「部屋を間違えたんだろう。」
その時はなにも気にせずまた、ベットに再びころがった。
疲れていたんだろうか、そのまま寝込んだらしく、気がつくと、PM6:30だった。

僕は翌日の仕事のアポイント時間の確認をとるのを、
すかっり忘れていたことに気がつき、すぐフロントに電話して、
外線電話のお願いをした。

ひととおり電話が終わってから、
フロントの男が電話越しに、僕に「何か?なかったか?」と聞いてきた。
僕は「何かって何?」と聞くと、「誰か訪ねてこなかったか?」と聞いてきた。

すっかり寝てしまったので忘れていたが、
その時、思いだし「迷子の女の子が来たみたい」というと、
フロントの男は、僕に「また、その女の子が訪ねてきたら、フロントに電話をくれ。」と
言って、電話を切った。

その日それからは、もう「迷子の女の子」は、来なかった。


翌日も暑く、もう、うんざりしながら、僕は仕事の打ち合わせに向かった。

「リゾート好きのイタリー人でも、働いてる人もいるんだよ!」
なんてジョーク交えながら、会話もなごんだ時に、
「ヒラノさんは、どこのホテルに泊まってるのですか?」と聞かれ、
そのホテルの名前を言うと、彼らの顔色が、一瞬、変わった気がした。

そして彼は「あそこは25年前に火事があって、泊まっていた家族が亡くなって、
地元では、それ以来、女の子の霊が出るという噂のホテルなんです。
ヒラノさんは霊感があるほう?それとも霊なんて信じない人ですか?」と
彼は冗談のつもりなのだったのだろう、
笑顔で僕に言ってきた。

僕は、その時、生まれて初めて背筋が硬直した。


「その事故はPM4:50ごろだ」と言う。
たしか「迷子の女の子」が来た時に見たホテルの部屋の時計は
PM5:00を指していた。今でも憶えている。

彼の話では、そのホテルが火事になり家族4人が逃げきれず焼死し、
そのうちの女の子だけは、エレベーターの中に逃げ込んだらしく、
エレベーターの中で外傷もなく、きれいな状態で遺体は発見されたと言う。

「こういう事が本当にあるんだ」という言葉ばかりが、頭に浮かんで、
それから数日間、あまり仕事にならなかったのを今でも憶えている。


(2002年記載コラム)






不快指数

(2002年記載コラム)

猛暑日が続いたり、そうかと思うと平年以下の気温になったり、
このところの天候は、また一段とおかしくなってきてます。

ところで天気予報で良く聞く
「不快指数=気温が高い時感じる蒸し暑さを表す指数」ですが、
これは気温だけでなく湿度も加えたものを数値化しています。


この指数の出し方は、

<0.72×(気温+湿球温度)+40.6=不快指数>です。

この湿球温度とは、
球体を湿った布で包んだ湿度計の温度のことで
湿度のことではないのだそうです。

例えば、気温28℃、湿度85%の時の不快指数は約80前後になり、
気温32℃、湿度20%なら数値は約75になります。

この数値基準は、よく聞くとおもいますが、
「不快指数70から75はやや不快」「75から80は半数以上の人が不快と感じる」
「80以上は、ほぼ全員が不快と感じる」となります。


と、こんなややこしい計算をしていたら、
数学が苦手な僕は「左脳」がオーバーヒートして
不快指数も上がってきそうです。


すこしでも不快指数を上げないように、
今日も「右脳」を使う仕事しています。


(2002年記載コラム)



 



直感について

(2002年記載コラム)

アート作品」を発表するときに
プロフィールなどと、いっしょに
作品のコンセプトを聞かれる場合がありますが
僕は「アート」に関しての創作意図となるコンセプトは、
あまり意味がないと思っています。


しかし「デザイン」は別モノです。
「デザイン」は、しっかりしたコンセプトになっていないと成立しない。
つまり「デザイン」という概念はビジネスの上に成り立っているからです。



僕は本来「アート作品」を生み出すアーティストというのは
『宇宙意識』などの目には見えない何者かによって自分が動かされ、
『物作りさせてもらっている、あるいは、させられている』
という存在だと思っています。

すなわち自分の考えなどが介入する余地のない、
全ては「直感」の領域で創られると考えているからです。

だから「アート作品」には、イメージとかコンセプトなど
そんなものは存在しないから実は説明など自分でもつけられない。

創った本人も
「なんで創ったのか、なんの意味があるのか?」が、わかってないからです。

つまり多くの鑑賞者が、いわゆる現代アートなどを見た時、
「意味がわからない?」というのは、
ある意味、素直で正直な感じ方という事になります。

極一般的に、難解な現代アートを見て
「何か自分にも感じるものがある」と言うならともかく、
「なるほど。意味がよくわかる」などど言う人を僕はむしろ信用できません。


だだ僕はアート作品が完成した後に「作品が意味する必然」は
ほとんどの場合、「直感」が教えてくれます。
時には予知だったり、啓示である場合があります。

誰しもが経験があると思いますが、
なんだかわからないけど「あそこに行かなきゃ」とか、
「あの人に電話しなきゃ」とか、どこから表れた感情なのか?わからないけど
自分を突き動かす、そんな状態が「直感」を受けている状態と思えば良いと思います。

そんな時、行動を起こせない状態であったりすると、
日常の生活の中では「まあいいか」と、そのまま流れてしまう。

しかし、そんな時ほどすぐに行動をとったほうがいい場合があります。
日常生活の中で、できるだけ「直感」に従って生活していないと、
人間が本来もつ「直感」という受信装置の感度が鈍くなるからです。


受信感度の落ちてしまった「直感」という装置は
自分にとっての様々な啓示という場面で、
それが自分にとっての「直感」なのか?「エゴ」なのか?の
判別がつかなくなってしまいます。

そうなると、自分にとっての「エゴ」が支配しはじめてしまうという、
悪循環になり「直感」に従うこと自体が不理屈に思えてきてしまいます。



「あれ?これって直感かな?」と思った時、その場の損得は無視して、
まず行動に起こして「直感」に従ってみると「それら、意味する必然」を
後々 認識できるという不思議な体験をすることができるはずです。

(2002年記載コラム)



 


ファーストフード店の仕掛け

(2002年記載コラム)



こんなタイトルだとアートと関係ないみたいな感じもしますが
僕はデザイナーが本業でもあるので
こんなことにも日々疑問をいだいています。


さて本題ですがファーストフード店は、多くの人がよく利用してると思います。
ほとんどのお店が、入り口と注文カウンターが1階に立地していて、
階段を上がらなくても道路から気軽に入れるというのは、共通の認識だと思います。
それでカウンターでは、いつもの決まりきったマニュアルの
コメントを聞かせれて「どのセットにしょうか?」などと
悩んで、オーダーをするという形式です。


そして、それからいざ食べようと思うと、
客席は2階や3階だったり、地下だったり、気が付くと多くの店が
「1階には客席がなく」なんか、めんどうだなぁ?と思う時はないでしょうか?

誰もが1階に注文カウンターがあるという利便性や
客席はなるべく広いスペースにするために
別の階にしてるんじゃないの?と、だいたいのお店のつくりが同じなので、
特別とりたてて、疑問はもたなかったと思いますが、
しかしここがファーストフード店の店鋪設計上の仕掛けになります。

ではなぜ?客席を別フロアーにするのか?ですが
客席の混み具合が注文カウンターに並ぶ前に見えてしまうと
「こんなに混んでるんならやめようか」と思う客を逃がさないようにするためなのです。

経験があると思いますがトレーを持って、混雑している店内で空席を探す
というのはやだなぁ、と思われたことがあると思います。


レジに並んでいる時、もし混雑しているのが見えていたら?普通はどうでしょう。
「混んでるのはやだし、やめようか」と思う比率が心理的に高くなります。

だから、あえて2階や地下に客席を置いた方が、
”売り上げがよくなる”というのが店鋪設計マニュアルにあるようです。


そう思えばファーストフード店で、仮に席が満席で座れなくても
「お席は空いておりませんが....」と注文前に言われた事は1度もありません.....

(2002年記載コラム)

 

 




夢日記との対話

(2002年記載コラム)

僕は「夢日記」をつけている。

とは言っても、夢なので、毎日見ているのだろうが、
憶えているものだけは、なるべく夢日記に書き留めておくようにしている。

一時期、なにがなんでも、夢を忘れないように、枕元に日記帳を置いて、
自分の夢のなかで、「これは憶えておかないと。」などと
毎夜思っていたら睡眠不足になってしまった時もあったので、
それ以来はあまり意識せずに翌朝憶えている夢だけを、
書き留めるようにしている。

夢は一般的には、その人の潜在意識の現れで、
その時の精神状態で見る夢も変わってくるというのはよく知られている。

身近な体験では、寝ていてトイレに行きたい時に見る夢は「水」に関係する夢であったり、
寝る前に恐いテレビを見れば「恐怖」を感じる夢を見るときもある。

そして夢には、どうしても忘れられない夢というのがある。
それは「いつも同じ場面」の夢です。

そんなに頻繁には見ないのだけれど、思い出せば
「あの夢の場面はよく見るよなぁ?」という体験です。

そのなかのひとつが、風邪などをひいて熱をだしている時に見る夢。

個人差もあるだろうけど、だいたい共通なのが、
「なんだか宇宙のような景色に何かが?動いていて、
それをつかもうとするけど、取れなかったり、
それを見ていると、いらだつような?なんともいえない感情になる」夢です。

それともうひとつが、「いつも同じ場所、同じような内容」の夢。
これは、個人差で様々な場面の夢になります。

そんな同じ場面の夢を見ると「自分は今、夢を見ている」ことに、
夢の中で冷静に自分で気付いたりします。

ある時、夢日記を読み返していると不思議なことを発見しました。
「いつも同じ場所、同じような内容」の夢は、完璧ではないにしても、
そのおおよその内容が「続きの内容」になっているということです。

たとえば前回の夢の最後と、次に見た夢の始まりに、
なんらかの関連性があることに気付きました。

もちろん夢だから、秩序もないのでテレビドラマのように
「完璧な続きもの」ではないにしても、内容は「続きの関係」にあるようでした。


この不思議な事実以来、僕は夢日記にハマッテいる。

その後も、その「続き物の夢」を夢日記への記述し続けている。

「いつも同じ場所、同じような内容の夢」の関連性を
確かめることを、一度試してみると
きっと不思議な物語性が隠れているはずです。


(2002年記載コラム)


 

 


「祈る」という行為

(2002年記載コラム)

僕は、なんの宗教も信仰はしていないのだが、毎朝必ず「祈る」

以前、スリランカに行った時に買ってきた「ジーザス」の肖像の複製画があり、
その絵に向かって「きのうは1日ありがとうございました」と
心のなかで唱え、十字をきって、ほんの数10秒だが、祈って1日が始まる。


そんなこともあってか?ぼくの夢には、ジーザスがよくでてくる。
でもクリスチャンではない。

ただ母親の家系がクリスチャンだったので
僕がまだ幼いころ、よく近くの教会に連れて行かれた。
いわゆる「日曜教会」だ。

日曜日に教会に行って、なにがなんだか?わからず
「讃美歌」を歌い、帰りにお菓子がもらえるというものだった。
そんな子供のころからの記憶からか、思いだせばよく昔から、祈っていた。


子供のころ冷蔵庫の中のものを、つまみ食いをしては「ばれませんように」と、
受験があれば「合格しますように」と、宝くじで1万円当たれば「今度は10万円!」と
数えればきりがないほど、祈っているというよりも「お願い」をしていた。

そして28才の時、僕は病気で入院をし、
一時はあと半年の命と宣告されたのだが、
誤診だったのか?それとも自分の守護霊が?助けてくれたのか?
奇跡的に命だけは助かって今にいたっている。

その時、不思議と「なんとか自分の命を助けてください!」というような
それまでのように
「お願い」はせず「今までありがとう」という
素直な「感謝」の感情が、わきでてきたのを今でもよく憶えている。
今思えば不思議な現象だった。


それ以来、祈るときは「お願い」ではなく「感謝」の感情になった。

そんな経験をしていなかったら今も、祈るという行為を通じて、
「お願い」をしつづけていたんだろうなぁ?と思う時がある。

「祈るという行為」、
この行為自体が、人間の極自然な無意識の領域のなかの、
遺伝子行為ということなのではないかと、確信している。


(2002年記載コラム)

 


 


男性原理と女性原理

(2002年記載コラム)

アニマ(anima)とアニムス(animus)、
こんな言葉を聞いたことがあるだろうか?

一般的には「男性原理」と「女性原理」という意味あいに訳されます。
一方の性の人の内部に生じる他方の性の人格化されたものを意味する概念です。

もっと簡単に言ってしまえば、
自分と異なる性が自分の中に、存在する。ということになります。

だからと言ってレズとか、ホモのことではありません。
どんな人間でも必ず自分自身の中に存在する、もうひとつの性の存在です。

男性の内なる女性像をアニマ(ラテン語で魂)、
女性の内なる男性像をアニムス(ラテン語で心、知性)と呼んでいる、
医学の心理学用語です。


物を創りだす行為にあてはめれば良く理解できるのですが、
作家が、何か創りだすという行為は、なにもないところからの、
インスピレーションであるとか、直感とか、波動、
あるいは場合によっては、宇宙意識との共振などさまざまなことがきっかけで、
創作という行為が始まります。

それらのきっかけの源は、人間の内なる、アニマとアニムスの
存在が大いに関係しています。


それは、あたかも、男と女が知り合い、恋愛し、
結婚、その結果「子供を創るという「男性と女性の協作」でなければ
実現できないのと同じ原理だからです。


男性だけ、女性だけでも子供を創れる惑星が
宇宙のどこかの、他の惑星にはあるかもしれないけど、わたしたち人類には不可能です。

それと同じ原理で「ひとりの人間のなかのもうひとつの違う性」が
その本人の中で恋愛関係を成立させることよって、創造が誕生する。

だから「自分のことがいやだなぁ」と思っている時期があるとすると、
自分の中の恋愛関係も悪くなっていて創作どころではなくなる。
なんの波動も、直感も働かなくなる。

そんな時は、内なる恋愛関係を修復するためにも
自分から「素直」になるしかないようです。
このことは、けっして創作を仕事にしている人に限った話ではないはずです。

あなたの中のアニマあるいはアニムスと、
あなた自身との恋愛関係は今うまくいってますか?
もしうまくいってないと感じたら、あなたから「素直」になってしまうことです。


(2001年記載コラム)

 

 

 


日記帳との上手な付きあい方

(2001年記載コラム)

日記の形態にも様々ありますが、たとえばWEBサイトのこんなコラムも、
ある意味日記のようなものだし、営業セールスの業務日誌、子供の頃の夏休みの日記、
彼氏のことばかりの日記、夢日記、、、
数えるときりがないくらい、私たちのまわりには日記の形態は存在します。

それら分類としての日記ですが、それぞれに、違いがあります。

大きく違う点は「他人に見せるもの」なのか、
「他人にはぜったい見せない」ものなのかの違いです。


本来の日記という語句の意味には定義がないので、よくわかりませんが、
本来、日記とは前者なのか?後者なのか?

WEBサイトによくある個人の日記や、業務日誌などは、
初めから誰か第三者に「見てもらう」ために書いています。
片や友だちのこと、彼氏とのケンカのこと、
片思いの相手のことなどをつづった、
あくまでも個人のプライベートの日常を、つづった日記帳は、
本来は「他人に絶対に見せない」を前提で書いているはずです。

しかし、よく読み返してみると
「絶対に自分以外見ないし、絶対に見せない」という考えで
書いているつもりなのに、どこか「中途半端に脚色した言い回し」をしたり、
「日記でも書けないこと」があることに気が付きます。

自分の心の本音を書くのが日記なのに、
書けないことがでてくる、
というのも、おかしな話しです。


すなわち無意識に「もし誰かにみられたら?どうする?」みたいな感覚で
日記を書いていると、どうしてもそうなってきてしまうようです。
だから毎年せっかく買った日記帳なのに書くのが億劫になり、
いつのまにか ホコリをかぶったままになってしまう。

そうなら、いっそのこと個人のプライベートの日記帳も、
「自分以外の人が見ても平気だよ」ぐらいまで、おもいっきり、
言い回しを脚色してしまうと楽になります。

自分がこの世からいなくなって、
「誰かに読んでもらってもいい」ぐらいまで、言い回しを脚色してしまう。

すると「他人に見られたら困る」という
今までのプレッシャーから、解放されるからか、
今までよりも「自分の本音」が書けたりします。

中途半端に脚色を加えていた日記帳よりも、
なおのことリアリティーのある自分自身の日記が
書けるようになるから不思議です。

そうなれば、それまで日記にも書けなかった自分の事も
不思議と、さらさら書いてしまいます。
そして義務のように書いていた日記も楽しくなってきます。


いっそのこと自伝を書いてる作家になった気分にまで、
自分の気持ちを高めてしまう。

しかし、決して「言い回しのみの脚色」であって
日記に書く事柄は「事実」のみを書くことが前提です。

事実まで脚色してしまうと、後で自分で読み返しても、
なにがなんだか?わからない「小説」になってしまいますから注意しましょう。


(2001年記載コラム)

 

 

 

 

 

美術館の不思議

(2001年記載コラム)

美術館には年に何回ぐらいいきますか?
美術館には何の目的でいきますか?
自分のお気に入りの美術館はありますか?

こんな質問をすると
なんだか「美術館にもっと行きましょう運動」みたいだけど、そうではありません。

たとえば、ピカソ、ゴッホ、ルノアール、セザンヌ.......こんなメジャーな
巡回展に行くと、入り口でうんざりすることがあります。

作品の説明や解説が聞けるレコーダーを貸し出していているからです。

まるでテレビを観ている感覚で、
それぞれの作品の生い立ちや、構図の説明、色彩などを聞かされる。
あれでは、美術館に来ている意味がないと思うのです。



アートに本来解説など必要はない。
観たまま感じればいい。
わかろうとした時点でアートのおもしろさは半減する。
どうしても作品の解説が知りたいなら
作品を見終わってから解説書なりを読めばいいのです。


僕のお薦めする美術館での鑑賞のしかたは、
まず、入ったら作品の順番など
気にせず、意識せず、自分の体が自然に反応する方へ足を進め、
最初に目に飛び込んできた作品から、観ればいいだけです。
その時、自分の五感で感じたまま鑑賞すればいいだけです。

それと、観たくない作品は観なくていいし、
ずっと観ていたい作品は15分でも、1時間でも作品を観続けてもいいわけです。
(注 でも、あまり長いあいだ作品の前にいると、監視員に注意されます/笑)



よくこんなおばさんがいます。
「あら?これ顔よ、きっと!」とか、
「この建物、屋根が変ね?」とか「これだったら私にも描けるわね!
」など
こんな分析は美術評論家にまかせればいいのです。


それよりもなによりも、感じればいいだけです。
そうすると美術館では不思議な体験ができます。

美術館には作品から出る作家のPOWERが動めいてますから、
それを感じとれるのです。

そんな目に見えないPOWERは、
作品の生い立ちや、分析はしてくれませんが、
私達に「感じる」という言葉では説明しにくい感覚を
あらためて、認識させてくれます。


美術館に行く目的はそれだけでいいんです。
「感じる」だけでいいんです。

そうすると「美術館で知識をたたきこもう、作品をより深く知りたい」などという
無謀な行動に出なくてすみます。
わたしたちが気軽に行くコンビニ感覚でいいんです。


今度、試しに美術館の入り口で「ここはセブンイレブンだ」と
心の中で3回唱えて、気軽な気持ちになってから入ってみてください。

そして自分の直感の赴くままに作品と対話し、感じてみて下さい。
きっと作品の持つPOWERを感じて、不思議な体験ができるはずです。


(2001年記載コラム)


 

 


Synchronicity/共時性

(2001年記載コラム)

*Synchronicity(シンクロニシィティー/共時性)
という言葉を、一度は聞いたことがあるとは思いますが、
これはユングという心理学者の提唱した心理学用語です。

簡単に要約すると
「意味のある一致」とか「偶然ではなく、すべては必然である」
という意味に解釈されています。


わたしたちの身近では
「友だちに電話しようと思ったら、その友だちから、電話があったり」
「たまには、あのお店にでも行ってみようか?と思って久々に行くと、お休みで、
よく考えてみると、前に来た時も、改装中で休みだった」など、
なんてことはく、単なる偶然としてかたずけてしまいがちのことです。


しかし、これらの一見すると「偶然」のようなことにも、
なにか、意味のある「必然が隠されている」ということです。

昔、親戚のおばあちゃんなんかが、よく教えてくれた
「虫の知らせや、第六感」とは少し意味が違います。


私達のまわりには、まるでラジオの電波のように、
シンクロニシティーがうずまいていると考えても良いと思います。

それらを「集合的無意識」と解釈できます。

僕は、ここ10年間近く「シンクロニシティー日記」をつけてます。

そうすると、出てくるは、出てくるはで、恐いくらい
「あの時のは偶然ではなく必然だったんだ」と
日々それらの現象の存在を確信しています。


「ただの偶然だよ」で、その都度、忘れていたら、
それはそれでいいのだけれど、シンクロニシティーを認識すると
「向こうからわたしたちに問いかけてくる」
そんな不思議なことが、シンクロニシティーのようです。


もし、そんな不思議な体験をしてみたくなったら、
なにか「偶然」があった時、ほんの数分間、自分の無意識に問いかけてみてください。
「なんの意味があるの?(これは偶然ではなく必然なの?)」と。

その答えは必ず、あなたの無意識という領域が 答えてくれるはずです。


(2001年記載コラム)

 

 

 

自転車ブーム

(2001年7月記載コラム) 

このところ自転車ブームです。

自転車といっても、ママチャリから、郵便屋さん、
メッセンジャーまでさまざまの種類がありますが
最近は、MTB(マウンテンバイク)ブームです。


それもオートバイ並みの前後サスペンションは、あたりまえで、
ホイールはカーボン、フレームはアルミ、ギヤは前後で30段なんていうのもある。


僕も15年ぐらい前から自転車にハマッている。

MTBはもとより、最近ではメッセンジャーやトライアスロンで、
よく使われるタイヤの細いロードタイプの自転車です。


1日中ほとんどが、座っての仕事だから、どうしても運動不足になる。
そんなことがあって自転車に乗り出したが、
これが身体にも脳にもいいのです。


よくマラソン選手が
「あるところまで走るとナチュラルハイのような感覚になり
どこまででも走れそうな、感覚になる」と言いますが
まさしく、この感覚が自転車に乗っていても体験できます。

そんな体感を得る為には個人差もあるだろうけど
走行距離で40kmが目安になります。
40kmというと無理と思うかもしれませんが
実はそんなことはない距離なのです。

何故かは、今の自転車は前記のように
格段に進歩していて約10kg前後の重量しかないからです。

ただ、このパフォーマンスを実現するには
約10万円ぐらいの投資は必要になります。

このぐらいの軽い自転車に乗ると、
初めてMTBに乗る女性でも楽々60kmは走れてしまいます。
それも体育会ノリではなく、楽々気分で乗れてしまう。

そして競輪選手のような必死な形相でこがないで乗れば、
自転車は有酸素運動ですから、脂肪がみるみる落ちます。

この状態はだいたい、いっしょに走ってる人と
会話ができるぐらいの心拍になります。

楽に走って余分な脂肪が消えて無くなり
地球環境にも良いのだから、言うことなしです。


しかし問題なのが、日本では車道においての
自転車専用レーンが、あまり整備されていないので
思うように自転車を有効活用できません。

ヨーロッパでは車道に自転車専用道路が整備され、
最近では、パリがかなり整備されています。

日本も石原東京都知事が自転車を推進していますが、
まだまだ道路の整備が遅れています。

本来、自転車は車両扱いなので、
歩道に「自転車可」の標識がない場合は車道を走るという交通規則です。
しかし日本の道路整備の事情から、危ないので歩道を走ってる自転車が多いだけで
警察も黙認し、それらを取り締まる事はしていません。


最近の自転車は増々、材質やタイヤやコンポの構造自体が進化しているので
軽い自転車は長距離も走れるし、スピードもかなり出ます。

平地でも自動車並みに時速40kmは楽に出てしまうし
坂道などでは60Km以上出てしまいます。

その結果、自転車事故がここ数年で急増しています。


歩道をママチャリで走りながら
ベルを「リン
リン」鳴らし、歩行者を縫うように
歩道を走るような人たちの一般自転車が
もし最新のMTB並みに軽量化され、今以上にスピードが出せるようになったら
自転車と歩行者の事故が増々、増える危険性があります。


先日、パリから来た仕事関係のフランス人に
「なぜ日本の歩道には、あんなに多くの自転車が走っているのか?」と
聞かれ、僕は返す言葉がありませんのでした。

元々、日本も自転車は、生活に密着している移動手段なのですから
一刻も早く自転車専用レーンの環境設備をし、
身体にも環境にも良い自転車という移動手段を推進しつつ、
乗る人のマナーと規則の徹底が行き届いた国になるべきだと、
その時、思ったのです。

(2001年7月記載コラム) 

 

80年代の復活

(2001年7月記載コラム) 

洋服のデザインの仕事をしていると、
半年先、1年先はあたりまえで、場合によっては3年先ぐらいの
おおまかな世の中の予測をすることがある。


このところ続いたリバイバルブームの70年代、60年代も
1991年ごろから、兆しとして時代はそちらの方向に動いていた。
かれこれ10年は、現在の周期のなかに時代は流れている。

2年ぐらい前から、
どうも今とはまったく逆の時代の方向に興味が傾いていて
それをたどって行くと、どうも80年代というキーワードが浮かびあがる。

だからといって、
またバブリーな時代にすぐになるということではない。

しかし、確実に時代の指針はそちらに向いている。
80年代の時代の構図についての詳細は、ここでは省略するが、
こんな現在とはまったく「逆」のことに興味が移行するという現象は
久しぶりの感覚でワクワクしてくる。

というより現在までのこの70年代的時代の空気は、
一見すると、「サイケデリックな元気印の時代」のようにも論じられるが

しかし新しいものは生まれていない。そんな時代だった。


リメイク、リバイバル、のキーワードからもわかるように、
あくまでも、オリジナルベースのちょとした「アレンジ」でしかなく、
まったく様相の異なるものを拒否するかのような時代観だった。


自由でありはするが、まったくの新しいフォルムは、
我々の無意識下では拒否している。
そんなややこしい価値観の時代の狭間に、今いるようだ。

そんな気分から全く逆の時代の指針が見え始めたのだから、ワクワクもする。

いまだ、景気回復の出口が見えてこない現実も事実だが、
新たな時代の周期を受け入れる準備だけは、しておきたい。

その準備をおろそかにしていると、
まったく逆の指針に、ますます混乱に陥ってしまう。



ところで80年代と言えば、

松田
聖子 風ヘアーが街を制覇するのだろうか? 
男性の もみあげは、テクノカットで短くなるのだろうか?
洋服の肩幅は、怪物のように異常に大きくなるのだろうか?
フリフリレースのピンクハウス風軍団が復活するのだろうか?



こんなことばかり考えてると眠れなくなる。

(2001年7月記載コラム) 

 

 

 

アンディウォーホルは日本語がうまい?

1997年5月13日の夢日記より転載

 

それは僕がニューヨークに仕事で行った時のことだ。


仕事関係の人たちといっしょに、
ショピングを兼ねて街を見て回っている時だった。

どうにもあまり乗り気しない香水ショップや、メジャーブランドなど
自分としては、どうでもいい所ばかり付き合わされ、本音は、うんざりしていた。

でも仕事関係の人なので、笑顔で文句も言えず、イライラし、
そのイライラのストレスからか、トイレに無性に行きたくなり、
初めは我慢できると思い、なにくわぬ顔をして我慢していたら、
いきなりお店の人が「トイレを我慢するくらいなら、出ていってください」と言ってきた。

ぼくは初め、むっとしたが、
この買い物ツアーにつき合わなくてもよくなるのなら、
好都合とばかりに、店をひとり出た。

そうするとなんて事はない、さっきまでのトイレに
行きたかったのが、嘘のようにおさまった。



それからしばらく街をひとりで歩いていたら、今度はなぜか?
くしゃみが止まらなくなってきた。どう我慢しても止まらない。

あまりに止まらないから自分では恥ずかしいが
街行く人たちは、別に僕のくしゃみの事など
気にすることもないような気配だった。

それから、しばらくしても止まらないので、
どうしようもなくなり、僕はドラッグストアに入った。

店内は、異常に混み合っていて
薬を買おうとしても、なかなか順番が来ない。
レジ待ちの間に、僕のくしゃみは増々酷くなってきた。


すると、僕の腕を後ろからつかんでくる男性がいた。
僕は振り返ると....なんと、あのアンディウォーホルだった。

金髪ボサボサヘアーがトレードマークの、あのアンディウォーホルだ。
僕は、なぜかとっさに日本語で「くしゃみが止まらないんだ」と言った。

するとアンディウォーホルは「この薬がきくよ」と日本語で言ってきた。
僕は、その薬をもらい、その場で水もなしでその薬を飲んだ。
すると嘘のように一瞬で、僕のくしゃみは止まった。

それからアンディウォーホルは「日本のお好み焼きはおいしい」と
発音のしっかりした日本語で言ってお店を出て言った。


.............ここで僕は夢から覚めた.................


1997年5月13日の夢日記より転載。


(2001年記載コラム) 

 

 

 

美術館のもうひとつの楽しみ

(2001年記載コラム)

東京品川区の御殿山という、お屋敷町に
バウハウス様式をとりいれた建物の原美術館があります。


元々は個人の邸宅として使われていた建物を
改装して美術館として開館しています。
開館は1979年で、その当時から現代アート中心の展示をしています。

企画展での作品の内容も、厳選された、
あまり他では開催されない内容で、 充実していて
館内の庭には、CAFEがあり、食事もとれます。


僕は、いつもここに行くのは、
平日の午前中と決めています。それも天気の良い日に自転車で。

目黒区在住なので、原美術館までは自転車で行ける距離ですが
でも御殿山というくらいだから、なにしろすごい登り坂です。

でもそこまでして行く価値は前記のように、
こんなところに美術館があるの?みたいなところにあるのがいいのです。

何度行っても、その感じがいいのです。


それと平日の午前中なら、うまくすると、
美術館の客は自分だけになり「貸しきり状態」になる場合もあります。

おまけに、よく展示室の端に座ってる監視の人もいない。
だから、まったくのひとりになれます。

他の人の足音もない。
これなら、じっくり作品と、にらめっこが
できるし、作品からのPOWERも、ひとりじめできます。

時々ひとりでPOWERを受け止めてると
思わず負けてしまうほどのPOWERの作品もでてきたりもします。

しかし、このひとりじめな感じがいいのです。


その後はCAFEでゆったり、また貸しきり気分で、
とりとめもない事を考えながら過ごす。なんとも贅沢な時間なのです。

こんな穴場的な美術館は、
仕事を休んででも、平日の午前中に行きたくなります。

(2001年記載コラム)

 

 

 

 

 

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