いよいよ東海自然歩道最初の、そして最大の難関、丹沢山地に分け入ります。
一般には、丹沢といえば山岳信仰の古い歴史を持つ大山や、塔ケ岳、丹沢山、そして最高峰の蛭ケ岳という、いわゆる表丹沢が馴染み深いのでしょうが、
東海自然歩道は焼山から裏丹沢を縦走する形のルートをとっています。
したがって、行き交う人も余り多くなく、丹沢にしては比較的さみしい道が続きます。
しかし、焼山から見る相模原の町並みや姫次から望む富士山、犬越路からの丹沢山塊の眺め、菰釣山からの山中湖と富士など、眺めのいいスポットが続く道でもあります。
道はかなり整備され、万が一のときの避難小屋も多く設置され、安全なルートという事ができると思います。
しかし、甘く見るのは禁物で、本文にも出てきますが、かなりのアップダウンもあり、「歩道」というより「登山道」を歩くつもりで準備をしておくべきでしょう。
日帰りを何度か重ねていく事もできますが、できたら泊りの準備をして一気に抜けた方が良いと思います。
そのなかで、このページでご紹介するのは西野々から西丹沢までです。姫次までは比較的なだらかなルートが続きます。
長い距離を歩いて徐々に高度を稼ぐ、一番疲れない山道です。
焼山では展望台があり、相模原の町を見渡す事ができます。天気が良ければ新宿の高層ビル群や東京タワーまで見えるのかもしれません。
黍殻山を通るあたりに避難小屋があり、これを過ぎると姫次はすぐです。
姫次からは富士山を望めます。袖平山あたりが、東海自然歩道の最高地点になります。ここからは、蛭ケ岳が正面にみえます。
袖平山から神の川まで一気にくだり、神の川から犬越路に登りかえします。
この辺りは膝に負担がかかるのでこまめに休憩を取りながら進む方が良いでしょう。
犬越路からまた西丹沢に下ります。中川川の上流に当たるこの辺りは、東海自然歩道でも最も美しい路の一つでしょう。
このページの行程は、約12時間19kmの道のりです。
西野々までは、JR橋本駅から神奈中バスを三ケ木経由で乗り継ぎ、約1時間15分ほど。必ずバス便を確認してから出かけるべきです。(神奈川中央交通0427-84-0661)
早起きしたおかげで朝の6時にJR橋本駅に着き6:23橋本発三ケ木行きのバスに乗り込む。
今回は二泊三日の予定なので、一人では心細く、山に登るときにはいつも同行してもらう佐々木君に来てもらったのだ。
彼は、甲斐駒ヶ岳のわしの初登山の折、初心者でも大丈夫なコースを選定してくれというわしの希望を聞いていたにもかかわらず
しっかり黒戸尾根という日本でも屈指のハードコース(らしい)に「大丈夫、大丈夫」と悪魔のような囁きとともにわしを連れ込んだ、
油断ならない奴なのだ。しかし、荷物は沢山持ってくれるし飯は手際よく作ってくれるし、面倒見のいい我が山の師匠でもある。
彼の方がわしよりはるかに年下だが、わしは頼りになる師匠として今回の同行のお誘いをかけたのだ。
ここまでずっと読んできた方には、今回だけ文体が違う事にお気づきですね。今回は、「です・ます」調ではやってられないのだよ。
その訳は徐々に明らかになってきますからネ。
さて、そうこうしているうちにバスは津久井湖畔を通って三ケ木に着き、ここで月夜野行きに乗り換える。
西野々には7:30着。東海自然歩道の再開である。まずは、西野々のバス停と案内板の前で写真を撮り、重いリュックをしょって焼山を目指す。
人影は全くなく、ただ山桜だけがわしらを迎えてくれた。
ここで、今回の装備について。今回は幕営をするつもりである。つもりもなにもわしらは山小屋に泊った事がないのである。
わしらの山行、それはテントをしょって幕営をするというのが唯一の選択肢であり、この辺は相談も何もする必要がないのだ。
したがって、装備は必然的に重たくなる。
テント・シュラフ・アルミマット・食器・食料・コンロ・水・着替え、さらにはウイスキー一壜・ラジオ・カメラといったところか。
ウイスキーはわしがかたくなに固執している携行品で、これがなければ山の夜はさみしすぎるのだ。
ラジオも同様ですね。しかし、もっと軽いウイスキーができないものか。720mlは少し重たいしかさばる(わがままですね)。
また、煙草は各自が持参している。これは、もちろん嗜好品として持っていっているのだが、虫除けの意味合いもある。
又、もし山蛭などに引っ付かれたら煙草の火で攻撃して引っぺがすためにも必要なのだ。
わしも普段はほとんど煙草を吸わないが、山行のときは必ず携帯していく。
焼山山頂には丁度9:00着。鉄骨の展望台が立っている。高い所が好きなわしらは迷わずに登る。
展望台の上からは霞がかった町並みがかすかにみえる。
春霞のため遠望はできないようだ。佐々木氏いわく、「秋になったらここはピクニックに来てもいいかもしれない」。
秋なら遠望ができそうですからね。
ピーナツを一寸食べて再び出発。焼山からはとてもいい道が続く。
道幅も広く平坦でとても歩きやすい。「丹沢といってもやっぱり”歩道”なんだねえ」と話し合う。
それほど歩きやすいのだ。この調子なら今回も楽に目的地にたどり着きそうだ。
黍殻山の避難小屋を見下ろしながら少し進むとすぐに姫次である。姫次でお昼近くになったので昼食を取る。
ここのベンチからは展望が開けて霞がなければ富士山まで見えるそうだ。朝に仕入れてきたコンビニの弁当を食べる。
ここまでとても順調で気分が良い。気分が良いので気が早いがウイスキーをあけて水割りにして飲みだした。
飲みだしたらさらに気分が良くなって、ぽかぽかとお日様も暖かく照っているのでひと寝入りしたくなった。
嗜好品というのは、この様なシチュエーションで楽しむとさらにうまくなる。
山の上で飲むビール然り、海から上がった時に吸う煙草然り。
わしは学生のときにボードセイリングをやっていて学生連盟のレースに出場していた。
レースでいち早くフィニッシュして浜に上がり、まだ沖で悪戦苦闘している同胞を見ながら吸う煙草はこの上なく旨いものであった。
しかし、まだまだ道半ば、一休みの後再びリュックをしょったのだ。これからはしばらく下りが続く。
しばらくは楽ができると思っていた。
姫次を出てすぐに袖平山に至る。「東海自然歩道ウォークガイド」によれば姫次が最高地点となっているが、地図で見る限り袖平山の方が高そうである。
姫次の少し手前の地点と袖平山がほぼ同じ高さになるかもしれない。
いちおうここでは袖平山が最高地点であるとしておこう。
袖平山からは丹沢山地最高峰の蛭ケ岳が正面にみえる。ベンチに座ってしばらく蛭ケ岳を拝む。
袖平山を出ると、急激な下り路になる。斜面がきついので路はジグザグについている。
途中崩壊地を横に見ながら、ぐんぐん下る。たまに、鹿の毛が岩肌についている。
毛が生え変わる季節なのだろう。
岩肌に体をこすり付けて毛を抜いたものと思われる。鹿にしてみれば痒かっただけかもしれないけどね。
急激な下りが延々と続く。
途中一つのパーティーとすれ違ったが、息も絶え絶えで、下りである我が身の幸せを感じた。
ところが、人の事をかまっていられなくなった。平地がほとんど無いせいか、膝が痛んできてしまったのだ。
右の膝と爪先が痛んできて歩くスピードも自然と遅くなる。すぐに休憩したくなる。
風巻の頭にたどり着いた頃には下りに早くも嫌気がさしたが、まだまだ半分しか来ていない。
風巻の頭に小屋があったのでここでしばらく休む。
耐えて、耐えて、痛みをこらえてまだまだ続くエゲつない下りをひたすら黙々と下る。
「ウォークガイド」によれば、袖平山から神の川までは2時間20分となっているのだが、とんでもないのだ。
下りはじめの頃は下界を見下ろしながら「どこまで下りるのかねェ」「まさか、あの川まではくだらないよねェ」
と話し合っていたのだが、その川がどんどん近づいてくる。
結局その「まさか」で遥か下界にみえたのが神の川だったのだ。
延々3時間かかってようやく神の川ヒュッテにたどり着いたときには午後4時になっていたのだ。
神の川でほてった足や顔を水に浸しながらわしらは叫んだのだ。
「これのどこが歩道だ!」
「このみちは北アルプスよりもきつい、立派な登山道だ!」と。
しかし、わしらの試練はこれでは終わらない。今日の予定は西丹沢の自然教室まで。
ここからまだまだ先は長いのだ。しかも時間は午後の4時。すでに夕方である。
体力は限界に近い。さらには追い討ちをかけるように空では雷が鳴りはじめ雨がポツポツ落ちてきた。
さすがにわしらも弱気になり、「今日はここでテントを張ろうか」と話し合った。
神ノ川ヒュッテはこの時期まだ営業しておらず、ヒュッテの前のベンチや水道の施設は幕営しても使える状態であった。
しかし、ここで今日の行程を終えてしまうと次の日以降にしわ寄せが来るのは明らかである。
翌日はともかく、翌々日の平野到着が遅くなり、東京に帰るのが深夜になってしまうとか、最悪の場合は帰れなくなってしまうとかいう事態は避けたいのである。
「行くしかない!」わしらは悲愴な気持ちを何とか奮い立たせて再びリュックをしょったのだ。
神ノ川ヒュッテは4:30に発った。犬越路へは沢づたいに登るきつい坂道。
途中、雨がきつくなりそうだったので合羽を着た。そしたらすぐに雨が上がった。再び合羽を脱ぐ。本当にわずらわしい。
わしの膝は上りでは痛まない。急激に体重をかけると痛むようだ。
したがって、一気に膝に体重がかかる下りでは痛むのだが、徐々に体重がかかる上りでは痛まない。
上りで痛まない事がせめてもの救いである。
しかし、足はすでに棒の如く、一歩一歩足をひき上げ、気持ちだけで峠を目指す。二人とも言葉も無くただ黙々と早く峠につく事を願うのみである。
あえいで、あえいで、6:00にようやく視界が開けた。犬越路だ!倒れ込むようにベンチにへたり込む。
ベンチにはおっさんが一人ポツネンと座っていた。
この時間に何の装備も持たず一人たたずむおっさんはとても不思議な感じがしたが、今夜は犬越路の避難小屋に泊るとの事。
装備もすでに小屋においてあるらしい。納得。
急激な下りの後のきつい上りかえしは、敗者に矢を射掛けるようなきつい仕打ちであったが、わしらはなんとかとどめの試練の犬越路も登り終えたのだ。
犬越路は、その昔甲斐の武田氏の軍勢が北条氏を攻めるときに犬を先導にして越えたというところに名前の由来があるらしい。
そのいわれを綴った立て札が立っているのでそれをバックに写真を撮ったつもりだった。
後日談だが、その写真は歪んで足しか写っていなかった。
犬越路でわしらの疲労は極限状態で写真もまともに撮れないほどだったのだ。
しかし、わしらの今日の行程はまだまだ先がある。
お互いにここでズーッと休んでいたいと思ってはいるのだが、それを口に出せば足が先に進まなくなる事がわかっている。
暗黙のうちに再びリュックをしょって悲鳴を上げる体に鞭打って(SMの趣味はない)急坂の下りに入った。
わしは右膝が再び痛み出す。
日没との時間の争いだが、なんとかガレ場は日のあるうちに抜ける事ができた。
しかし、沢伝いの道に出たところで日は暮れ、懐中電灯を照らしての下山になる。
佐々木君はちゃんと登山用のヘッドランプを持ってきているのだが、登山経験が浅いわしはその様なものをもってはおらず、念のために持ってきていたペンライトで路を照らす。
しかし、ペンライトではたかが知れている。
夜目に頼って歩いているといったところである。
何とか用木沢の出合まで出れば車道になるはずなのだ。
しかし、沢を何度か越える路は夜では判然とせず、かすかに先にみえる標識が頼りである。
その標識もしばしば見失い、何度も立ち止まりあたりをうろうろしては「あった、あった」と話つつ先に歩を進めるという有り様である。
そして、沢の中州に至ったときについに標識をまったく見失ってしまった。
標識を探して遠くまでうろついてしまうと今度は本当に迷ってしまう。
今夜はここで幕営かと半ば覚悟を決めたとき、かなり先の川原に灯りが見えた。
どうやらキャンプをしている人らしい。
近くまで寄っていって大声で道を聞く。
川のせせらぎの音にかき消され、なかなか聞き取れなかったが、どうやら道を間違えてはいないようだ。
用木沢の出合の方角を教えてもらい、吊り橋を渡って何とか車道に出て事無きを得た。
車道に出ると、そこは灯りが煌煌と照る別世界であった。
オートキャンプが花盛り。オートキャンプ場にはびっしりとキャンパーの車が並び、皆楽しそうに食卓囲んでいた。
われわれがつい今しがた道に迷っていたのが嘘のようだ。
オートキャンプを横目で見ながら自販機で買ったジュースを飲みつつ西丹沢自然教室の方角へ向けしばらく下った後、
人気の無い川原を見つけテントを張る。
すでに時刻は8:00。長い一日だった。その夜の酒は喉にしみた。
とまあ、はじめが楽だっただけに落差の大きかった行程であります。
我々の道程は、夜間にも歩き続けたということから、お世辞にも参考にできるものとはいえません。
しかしながら、道の状況など少しは参考になるところもあろうかと思いますので、僭越ではありますがガイドをしたためます。
文中にもあるように、姫次までの道は緩やかな坂道でとても歩きやすい道です。
とくに、焼山から姫次までは道幅も十分で避難小屋もあり歩くには全く不安はいらないでしょう。
問題は、袖平山から神ノ川までと神ノ川から犬越路までで、このあたりは急坂になります。
とくに、袖平山から神ノ川までの急坂はかなりのものです。
神ノ川から袖平山に上る場合には地獄の苦しみになるであろうことが予想されますし、
袖平山から神ノ川へは急な下りが長く続くため私のように膝を痛めないように膝に優しい歩きを心がけてください。
犬越路は袖平山−神ノ川の急坂と組合わさると苦しさが増幅され、勘弁してくれといいたくなる峠です。
言い換えれば、犬越路だけなら登山の経験の少しでもある方なら難なく越えることができるでしょう。
犬越路から西丹沢の用木沢の出合までは美しい道だと先に書きましたが、実は我々が通ったのは暗くなってからだったためよく見えなかったのです。
従って、先の記述はガイドブックなどに書いてある記述を持ってきたわけで、我々の実感ではありません。あしからず。
全体を通して標識はかなり数多く立っており、道に迷うことはまずありません。
だからといって地図なしで歩くのは無謀ですけどね。
途中にもちろん店はありません。神ノ川ヒュッテは6月くらいから営業のようですが、詳しくは電話で確認した方がよいでしょう。
神ノ川を少し下ると長者舎山荘があるはずです。こちらの営業期間も私はわからないので問い合わせるとよいでしょう。
両方とも長者舎山荘で問い合わせればわかりそうです(長者舎山荘0427-87-2018)。
西丹沢方面へは小田急線新松田駅かJR御殿場線松田駅から西丹沢自然教室の前までバス便があります。
富士急バス(0465-82-1361)か山北町観光協会(0465-75-2717)山北観光ダイアル(0465-76-3838)へお問い合わせください。