本書では、これまでにないさまざまな角度から、この問題を徹底的に究明しようとしています。その結果として、著者なりに得心のゆく、いちおうの結論を導き出すことができたように思います。
本書は全7章で構成され、巻末に2編の付録がついています。以下、各章の内容を簡単に説明しておきます。第1章では、人間はPTSD理論が想定しているような脆弱な存在ではないことを、具体例をあげて説明したうえで、いくつかの側面から、PTSD理論が内包する欠陥を浮き彫りにします。
第2章では、PTSDとされる症状やその原因論は、時代とともに移り行くものであることを指摘した後、7項目の問題点を拾いあげて、ひとつずつ検討してゆきます。
第3章では、広島の被爆者の心理学的研究で知られるロバート・リフトンらの尽力により、この概念がひとつの疾患単位として、アメリカ精神医学協会が策定する診断マニュアル(DSM)第3版に導入されるまでの経緯を概観し、それが政治的背景の中で成立したことを確認します。そして、PTSDが、ある時は被害者側にのみ、ある時は、ベトナム帰還兵のような加害者側にのみ見られるとされる点で一貫性を欠いていることなどから、理論的にも破綻していることを示します。
第4章では、社会心理学者スタンレー・ミルグラムの卓抜な実験で得られた結果を詳細に検証し、人間は権威に忠誠を尽くそうとする意志を、どれほど強く内在させているかを見てゆきます。そして、そうした起源の古い意志と、それに歯向かって正当な主張をしようとする、起源の新しい意志とがいわば衝突するところに心身の反応が起こること、さらにはそこに、自らの責任の自覚が隠されていることを明らかにします。
次の第5章では、被害者のものと当然視されているPTSDが、集団によるものにしても個人によるものにしても、純粋な加害行為によって起こるかどうかを検討します。
第6章では、少々視野を広げ、精神科医の小坂英世により精神分裂病の心理療法として開発された小坂療法が、それまでのトラウマ理論を脱却するまでの経過を忠実に辿ることを通じて、PTSD理論が何を避けようとしているのかを探ります。
最後の第7章では、激烈なストレスに対して、人間はどのような対応をするものなのかを、原爆の被災者と、ナチの強制収容所の生還者をとりあげて検証します。そして、強いストレス状況にこそ、人格を向上させる道が開かれていることを明らかにします。
ここでは、はじめに、目次、各章および付録の冒頭5ページ、参考文献、索引を pdf ファイルの形でご覧いただけるようにしました。
はじめに
目 次
第1章 PTSD理論の根本的問題点
第2章 PTSD理論の内部構造
第3章 PTSD理論の政治学
第4章 PTSD理論の心理学 1――心身の反応が起こる原因
第5章 PTSD理論の心理学 2――加害行為と“PTSD”
第6章 PTSD理論が忌避するもの
第7章 ストレスに対する対応――被爆者を中心として
付 録
参考文献
索 引
奥 付
本書は、当ホームページでの連載(「PTSD理論の正当性を問う」)に肉づけする形で、2009年5月にいちおうの完成をみたものです。その後も、最新の資料をとり込みながら改稿を続けてきましたが、前著(『本心と抵抗』2010年、すぴか書房)と同じく、この出版不況のため、なかなか出版社が見つかりませんでした。このたび、国書刊行会の佐藤今朝夫社長のご好意を得て、ようやく日の目を見ることができました。東日本大震災の影響で、出版がかなり遅れましたが、そのおかげで、最新の資料も取り込むことができ、細部の検討も十分に可能になりました。
最初は縦組みで400ページを越える本だったのですが、佐藤社長の示唆により、専門家向けに横組みにして、索引、奥付も含め、320ページに収めました。いつもは、本文に、InDesign に標準で添付されている小塚明朝というフォントを使うのですが、今回は、ヒラギノ明朝 Pro(13級)を使用しました。小塚明朝よりもやさしい感じになったと思います。
著 者: 笠 原 敏 雄
出版社: 国書刊行会
予 価: 3,990円
体 裁: A5版横組み、上製本、34字x30行(本文)
総頁数: 320(索引6ページ含む)
発売日: 2011年9月13日