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Mt.Fuji from Mt.Sisin

10.上佐野(小草里)から思親山を経て井出駅へ

  1. コース概要
  2. ありがとうオバアチャン
  3. かくも長き休憩
  4. 人の親切
  5. コースミニガイド

平成9年4月13日(日)

1.コース概要

前回は、上佐野地区の小草里まで来ましたので、今回はここから井出駅を目指します。
小草里から出て佐野川を渡ると上佐野に出ます。上佐野はお茶の栽培が行われています。
上佐野のお茶畑の間を抜けると佐野峠への登りに入ります。この道は、かつて日本陸軍が富士川へ抜ける軍用の道として作ったといいます。 峠から内船地区へ下る林道がありますが、自然歩道は思親山を目指してさらに登ります。
思親山は、その昔日蓮上人が遥か房総にいる親を思って登った山とされており、このあたりのいわれは日蓮宗総本山身延山山頂にある思親閣と同様です。
思親山からはひたすら下り、富士川沿いの身延線井出駅に至ります。 今回は約13km5時間半の道のりです。

2.ありがとうオバアチャン


当初の予定では、前夜は思親山の山頂付近で幕営しヘールボップ彗星を観察する事にしていました。 しかし、予定を変更して、天使のようなオバアチャンの親切のお陰で暖かい布団に包まって幸せな一夜を過ごす事ができました。 明くる朝、「早起きをして早めに出るからね」とオバアチャンに言っていたとおり、目覚し時計で5時半に起きました。 しかし、布団というのはなんとも恋しいもので、くるまったまま目を開けて"もうちょっとだけ寝ていたいなぁ"と思っていると、オバアチャンが起きてきました。
「起きたか、今味噌汁を作ってやるから」
という親切な申し出に、何時までも布団に包まっているわけにもいかず、飛び起きました。
「オバアチャン、いいからいいから」
という僕の申し出もなんのその、オバアチャンは手際よく味噌汁を作ってくれました。 僕は持参のご飯をその味噌汁で食べました。とてもとても恐縮してしまった。親切が味噌汁とともに沁みてきて感激するやら美味しいやら。 しかも、僕が食べている間におばあちゃんは蕗を炒めてくれて、僕に持たせてくれました。 荷をまとめ、オバアチャンに見送られながら歩き出したのが、6時半でした。
今回は、オバアチャンの親切のお陰で、本当に心に残る一夜を過ごす事ができました。 感謝の言葉もありません。"また、夏に来るんだよ"というオバアチャンの言葉をありがたく胸にしまって今日の行程をスタートしたのです。 オバアチャンが家に入った後、しばらく泊めていただいた家を見つめてオバアチャンの姿とともに目に焼き付けました。
出掛けにオバアチャンに 「橋のたもとの家によって道を聞くといい」 といわれたのですが、栃広橋の手前には標識がちゃんとあり、またオバアチャンが言っていた家もまだ起きている気配がしなかったので、心苦しかったのですがそのまま通り過ぎる事にしました。 また、佐野峠へは新しく車道ができたとかで、新道は栃広橋を渡らずにしばらく川をさかのぼってから上りに入ります。 旧道よりこちらの新道がいいとも言われたのですが、標識によると東海自然歩道は旧道を通っています。 ですから、もちろん旧道を登る事にしました。このあたりもオバアチャンの言いつけに背いているような気がして少々心苦しいものがありました。

3.かくも長き休憩

Top of Mt.Sisin 栃広橋を渡って上佐野に入ると、そこには大きな茶畑が広がっていました。 谷あいの集落の夜明けは遅くて、まだ朝日は見えませんが、眼に鮮やかな新緑はきっと朝日にあたると素晴らしいグリーンに輝くのでしょう。 自然歩道は、茶畑の間の道を通り、林に入っていきます。林に入ると坂は急になってきます。 しかし、道はしっかりとしていて、今でも人が歩いている気配があります。
ウォークガイドによると、この辺りには猪が出るとのこと。 そういえば、昨日の草むしりの途中にもオバアチャンが田んぼの向こうの倉庫小屋を指差して、
「あそこには猪がすんでいるんだ」
と言っていましたので、本当にこの辺に出没するようです。 まあ、自然歩道を歩くのに熊や猪や鹿が出てくるからどうのこうの言ってはいられません。 できるだけ出くわさないように声を出しているなり鈴を付けるなり煙草を吸うなりしているしかありませんし、それで出てきたらその時です。
佐野峠への登りは1時間20分続き、車道に出てくるとそこが佐野峠でした。 佐野峠にはベンチとテーブルとトイレがあり、ひとまず一服します。 歩いていると暑いのですが、止まるとまだまだ冷えます。休憩するときには必ず一枚上から引っかけることにしています。
佐野峠を出てから思親山への上り坂に入ってすぐ、下界への展望が開け、昨夜泊った小草里の集落を見下ろすことができました。 オバアチャンたちの家がはっきりと見え、また一人で暖かい思いに浸ってしまうのでした。
思親山までは、地図の上では40分ということでしたが、先を見るとあと少しのような気がして休憩を入れずに歩きました。 僕が携帯している地図(ニッチマップ)は時間が当てにならないのです。 しかし、今回だけは地図が正しかったようで、結局45分休み無しで歩き続け頂上に着きました。
頂上に一番乗り!と思ったのは気が早かったようで、先客が一組いました。 富士山に向けてカメラを据えて、ベンチでじっと霞が晴れるのを待っていました。 ベンチに同席させていただいて、休みがてら話をしました。 その夫婦は富士から来ていらして、現在富士山の150景を写真に収めていらっしゃるとのこと。 そろそろ山歩きがきつくなってきた頃に始めた新しい趣味に、ある種の羨ましさを感じました。 お茶を飲みながら、お菓子をつまみながらの話は、山歩きのことや富士山のことから、政治経済にまで及び、結局2時間近く話し込んでしまいました。 その間に霞も徐々に晴れ、見事な富士山がすそまでクッキリと姿を現しました。 その頃になると、頂上に徐々に人が現れはじめ、だんだん賑やかになってきました。 御夫婦と別れる前に一緒に写真を撮り(このページを目にしたら、是非送ってください!)、10:45に再び歩きはじめました。

4.人の親切

しばらく林の間に見え隠れする富士を拝みながら歩きます。 その後、歩道は山の向こう側に回り込み、富士山が見えなくなると同時に、富士川が眼下に見えてくるようになります。 思えば、自然歩道を歩いていてはじめて渡る大きな川かもしれません(相模川は渡っていますが、意識の中では相模湖を過ぎたような感じがしています)。 行き交う人も少なく、鼻歌など歌いながら歩いていると、フイに後ろから声をかけられ、大変驚きました。 聞けば地元の方で、このあたりの営林署に勤めていたこともあるそうです。 現在は地元のハイキングのサークルに所属しているらしく、清水から静岡に抜ける道が荒れているという情報をいただきました。
「だからこの間ボランティアで整備に行ってきたんだ。」
とのこと。本当に頭が下がります。 前回にも書きましたが、歩道は地元に皆さんによって支えられているのだということを改めて感じました。
ide station 途中、休憩を入れたベンチにウエストポーチを忘れて、慌てて戻る一幕もありましたが、順調に下山を続け、富士川が徐々に大きく見えるようになってきました。 杉木立の中でお昼時になり、丁度ベンチがあったのでお昼ご飯にしました。 しかし、先ほど長い休憩を取ったときにいろいろつまんでしまったので、それほどお腹がすいているわけではありません。 昼食はカップスープとパンだけで軽く済ませました。
途中から舗装した林道と付かず離れずの道になり、八木沢には12:50頃到着しました。 ここからは舗装路を歩く事になります。
源立寺の前で少し休んでから、ペースをあげて2:00少し前に井出駅に到着。 本日の行程が終わりました。
踏み切りの前に案内板があり、その前には入漁券を売っている店がありました。 店のおじさんが丁度、軽トラで出かける準備をしていたので、お願いして写真を撮っていただきました。 お願いついでにもうひとつ、ポストの場所を聞きました。 昨夜オバアチャンのうちで書いた友人への絵葉書を投函しようと思ったのです。 すると、店のおばさんが出てきて、
「ポストは遠いから、あんた出してやりなさいな」
と口添えしてくださり、おじさんも笑顔で投函を引き受けてくださいました。 頭を下げてお礼をしていると、おばさんが冷たい麦茶を持ってきてくださいました。 冷たい麦茶と度重なる親切が胸に染みました。
「列車はしばらく無いよ」
とおばさんに言われていたので、1時間くらいは待つ覚悟をしていたのですが、駅の待合室で時刻表を見てビックリ。 次の列車は3:53で、これから2時間近く待たねばなりません。 これは待っていられません。 汗をかいたシャツを着替えて、荷をまとめ直して、井出駅の前を通る車道に出てヒッチハイクにTRY! 駄目で元々のつもりでしたが、何と1台目のレガシィがSTOP! 喜び勇んで、西富士宮駅まで乗せて欲しいと言うと、いいですよ!という快活な返事。 ウルトラ超ド級のラッキーで、ヒッチハイクに成功してしまいました。
乗せてくださったのは、この春に静岡県内の農業大学校を卒業して、農作物に関する研究をする仕事に就職をしたばかりの袋井在住の好青年。 サワヤカな人でとてもいい感じでした。いろいろなことを楽しく話しているうちに、3:00前に西富士宮駅に到着。 手を振って別れました。
後で地図を見て分かったのですが、袋井在住ならば西富士宮駅を回るのは遠回りになってしまったようで、改めてサワヤカ好青年の親切が身に染みました。
西富士宮3:00発の列車に乗り込み、帰途につきました。 この2日間の歩行は、本当にいろいろな方の親切に支えられての道中でした。 心の底から有り難かったと思うと同時に、日本にはまだまだいい人が沢山沢山いるんだということを感じました。 こういった経験ができるのも、僕にとっての東海自然歩道の魅力です。

5.コースミニガイド

小草里までは内船駅から日に3本町営バスが走っています。 また、上佐野地区には幾つか民宿があり、キャンプ場もあるようです。 交通・宿泊とも詳細は南部町観光協会(05566-4-3111)にお問い合わせ下さい。
今回のルートは全体を通じてとても歩きやすくなっています。標識もしっかりしていて、迷うことはまずないでしょう。 "なかなかやるじゃないの、山梨県"といったところでしょうか。
栃広橋から佐野峠への新しい道ができたとかきましたが、この道は車が通れるように作られたようです。 栃広橋の前に地図があり、新しい道がはっきりと書かれています。
上佐野から佐野峠へは、最初は茶畑の間を通りますが、すぐに桧林に入ります。少し急な坂がしばらく続きます。
佐野峠には、ベンチ・トイレ完備!ただし、きれいとは言えないでしょう(トイレは入ってないので外観からの想像です)。
佐野峠から思親山へはアップダウンのある道。短いせいか、それほどきつくはありません。 思親山の山頂は富士の眺めがすばらしいところです。 ここからは天子湖も見下ろせるはずですが、僕は見そびれました。 思親山から八木沢までは、下り一辺倒の道。 途中舗装路と平行して続いています。 富士川を見下ろす絶好のポイントにはベンチがありますので、空いていたら休憩を取るとよいでしょう。
八木沢からは舗装路。ひたすら歩くだけで面白味のない道ですが、井出駅まではもう少し。
井出駅からの列車は本数が少ないので、時刻を調べて、計画的に到着するのがよいでしょう。 思親山から井出駅までは、地図に記載の時間でいけますが、もちろん少し余裕を持っておいた方がよいでしょう。 井出駅は富沢町になります。このあたりの宿泊は、富沢町観光課(05566-6-2111)にお問い合わせください。

井出駅−大平へ

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