今回は本線から寧比曽岳で分かれている恵那コースを歩きます。
週末の二日間で寧比曽岳から岩村、出来れば恵那まで歩きたいと考えています。
寧比曽岳はゴールデンウィークに豪雨の中で一夜を過ごしたところです。
東海自然歩道はここで足助方面へ向かう本コースと明智方面へ向かう恵那コースに分岐します。
分岐したコースは犬山の手前で再び合流します。
山自体はそこそこ眺めも良く、空気が澄んだ日には遠く富士山まで見えるということです。
大多賀峠を越えるといこいの村・愛知に入ります。
ここは公営の高原リゾートホテルで立派な宿泊施設のほかテニスコートやパターゴルフ場などが整備されています。
寧比曽岳まで来た東海自然歩道ウォーカーも良く利用します。
伊勢神峠へ降りてくると伊勢神宮遥拝所があります。
ここは伊勢湾が眺められる高さにあることから、近在の人々やここを通る旅人がここから遥か伊勢神宮の方角へ向かい拝んだということで、伊勢神という名前も”いせおがみ”からきているという説もあるようです。
また、ここからほんの少し下ったところに古い物語の伝わる八百比丘尼の杉があります。
足助・旭町境を過ぎると中世の砦跡、猿が城跡に至ります。
そしてすぐに弘法様の謂れのある弘法杉に出てきます。
旭高原・八幡牧場は旭町の経営する広大な牧場ですが、その他町民をはじめとした周囲の人々の憩いの場になっています。
キャンプ場なども整備され、少年自然の家など、立派な施設が立ち並びます。
矢作ダムは矢作川を堰きとめ、奥矢作湖を作り出しているアーチ式ダムです。
下流にはもう一つダムがあり、東海自然歩道が通るほうを矢作第一ダム、下流を矢作第二ダムとして区別します。
閑羅瀬は県境の里。
矢作ダムが県境となっているため、川を挟んで愛知県と岐阜県に別れます。
今回は約21km8時間の道のりです。
初夏以来、約3ヶ月ぶりに東海自然歩道に帰ってきました。
夏の間は、伊豆諸島の御蔵島でイルカと戯れたり、鎌倉の海で遊んだり、すっかり海モードでした。
それだけに、荷造りの段階から少し胸の高ぶりを覚えました。
さて、今回利用する交通機関はムーンライトながらではなく、JR東海バスが運行するドリームとよた号です。
東京駅から豊田市まで一気に行ってしまうのでこの辺の行程では便利な交通機関です。
しかし、問題はこの豊田市から。
今回は恵那コースとあって、基点は寧比曽岳。
豊田市から寧比曽岳までいかに行くかが問題です。
当初の計画では、豊田市から一旦足助へ出て、そこからタクシーで大多賀峠へ出ようともくろみました。
伊勢神峠へ行くバスは本当に本数が少ないのです。
しかし、この計画をメールで流したところ、何と静岡の大山で出会ったMTBライダーの大河内君が大多賀峠まで送りますよと申し出てくれました。
いやはや、何と有り難い。
アプローチに頭を悩ませていたので、喜んで送って頂くことにしました。
愛知環状鉄道の新豊田駅に着いたのは朝の5時半。
予定より20分も早い到着だったので、豊田市に着いたとわからず、豊田信用金庫の文字を見つけなければ危うく乗り過ごすところでした。
待ち合わせ場所の名鉄豊田市駅に向かって歩き出します。
すると、ウエストバックの中で目覚し時計が鳴り出しました。
目覚し時計より早く目覚めて本当に良かった。
豊田市駅で大河内君の携帯に電話を入れ、留守電にメッセージを入れておいたらすぐにコールバックがきました。
6時10分に大河内君が登場。
すぐに足助方面へ向かいました。
大山の登りの途中、水見色峠での偶然の出逢ったMTBライダーの車で、今こうして寧比曽岳に向かっているのです。
縁とは不思議なものだと二人して話し合いました。
途中、コンビニで昼飯を仕入れて、春に通った勘八峡・香嵐渓・足助を通り、大多賀峠へ向かいます。
峠に着いたのは7:15。
当初はここで大河内君と別れるはずでしたが、僕の登頂の誘いに大河内君も乗ってきました。
そこで、荷物は車に残して、まずは寧比曽岳山頂に向けて出発しました。
行と帰りが同じコースでは余り面白くありません。
そこで、地元MTBライダーの大河内君の案内で、登りは林道経由のコースにします。
少し足助方面に下って、養鱒場の横から林道に入っていきます。
小川の側の静かな道で、なかなかいい感じです。
話しながら登っていき、伐採された木を越えて進むと、行き止まりになってしまいました。
大河内君の話では、途中で左上方に上がる山道があったはずなのですが、話しながら歩いていたせいでしょう、見落としてしまったようです。
幸い、少し戻るとすぐに道は現われ、その道を経由して東海自然歩道に合流し、9:15に無事山頂に到着しました。
前回の登頂では、この山頂は嵐の中でした。
濃い霧の中、ポンチョをかぶって出発したことが思い出されます。
今回は少し霞がかっていますが、晴れていて見晴らしが利きます。
まずは、一夜を明かした東屋に上がり、鉄の箱の中から書き込み帳を取り出して、その時の書き込みを読み返そうと思いました。
ところが、箱の中は空っぽで、周囲にもそれらしきノートは影も形もありません。
誰かがうち捨ててしまったのでしょうか。
それとも、ノートが一杯になったので交換のために一時何処かに持ち去られているのでしょうか。
後者であることを願いつつも、ノートを見ることが出来なかったことが残念でなりません。
この山頂は、田口や足助からの距離からして、泊まる人も多いはず。
また、いつか誰かが新しい書き込み帳を持ってきてくれるでしょう。
あの嵐の夜、書き込み帳を読むことで心和ませた思いがあるだけに、そう願わずにはいられません。
山頂には僕らのほかにオバチャン3人組がいました。
大河内君と並んで写真を撮ってもらいます。
そして、二人してベンチで軽食を取りながら少し話し合いました。
水見色峠での出逢いの話から、木曽川でカヌー下りをしようという話まで、意気投合しました。
山頂から大多賀峠への戻りは東海自然歩道のルート通り歩きます。
途中、MTBライダーが肩にMTBを背負って登る姿に遭遇しました。
寧比曽岳はこの辺りではMTBライダーにとってもポピュラーな山のようです。
大多賀峠で車から荷を下ろし、大河内君とお別れです。
お礼を言って握手で別れました。本当に有り難う。
また何時か何処かできっと会えるでしょう。
山道に入り、しばらくすると愛知県の施設・いこいの村に到着しました。
丁度ベンチとトイレがあったので小休止。
ついでに水補給もしておきます。
今日は天気がいいので水の消費が早いのです。
林の中の山道を通って10:50に伊勢神峠に到着。
お伊勢様の方角に向けて手を合わせてから、ベンチで少し休憩します。
しかし、蜂がブンブン周囲を飛びまわるので落着かず、すぐに出発です。
八百比丘尼の杉を見上げて(どれがその杉なのかはハッキリと分かりませんでしたが)舗装路に降りてきました。
ここからしばらくは舗装路を歩きます。
バイクに乗った郵便配達の兄ちゃんとすれ違った以外は、車とも人ともすれ違いません。
しばらくは登り坂、そして下りに入って足助町と旭町の境に到着しました。
境を過ぎるとすぐに小川沿いのベンチが現れます。
ここから山道に入ります。
一山越えて階段を下るとベンチのところでおじさんが二人たたずんでいました。
山仕事の人かなと思い声をかけますが、どうやら仕事ではないようです。
案の定、地蜂取りの人たちでした。四人でやって来たとのこと。
丁度お昼時、おじさんに促されて僕も皆さんと一緒に朝に仕入れた弁当を開きました。
"学生か?""高校の先生か?""何してる?""楽しいか?"
どこでも聞かれるお決まりの質問です。
やはり、東海自然歩道を歩くということはよほど酔狂なことなのでしょう。
しかし、静岡でも愛知でも山間部では蜂取りが珍しくないようです。
両親が長野出身なだけに、僕も幼いころから蜂の子を頻繁に口にしてきましたが(結構旨いんだな、これが)、他の地方の人には馴染みが無いのではないでしょうか。
こんな場面に出会えるのも、この東海地方のルートの楽しみでしょう。
30分ほど休んでおじさん達に見送られて出発します。
猿が城跡を経て、弘法杉に出てきました。
ここにトイレがあるのですが、入ろうとすると恐ろしい張り紙が目に飛び込んできました。
なんと、ここのトイレはすずめ蜂の巣になっているというのです。
近づくのも恐ろしく、遠巻きにして立ち去りました。
再び山道に入り、長井坂峠で立派な舗装路に出ました。
天気が良いだけに照り返しがきつい。
しかも登り坂です。
この坂に辟易し始めたころ、ようやく旭高原に到着しました。
今までほとんど人と出会わなかったのに、旭高原はたくさんの人でにぎわっていました。
しかも家族連ればかり。
いやでも、浮いてしまっている自分に気づきます。
公衆電話を見つけて恵那在住の斉木さんに電話をします。
斉木さんは東海自然歩道膝栗毛のページを通じて知り合った方。
明日の行程の一部を同行してくれる話になっているのです。
明朝9時に明智鉄道の明智駅で待ち合わせということにしました。
丘の上のベンチで休憩を取ります。
すぐ横の大きな滑り台では子供たちが嬌声をあげて元気に遊んでいました。
滑り台の向こうに炊事場らしきところが見えます。
ここで水補給。
ついでに、自販機で炭酸飲料を買って一気飲み。
ヘェ〜ッ!美味い!
日差しも強いので長居はせず、再び歩き始めます。
八幡牧場で飼育されている牛達がこちらをジィッと見つめるので、ニラメッコしながら通り過ぎます。
舗装路から東屋横の階段を登り、登り切ったところから山道が始まります。
ここから前後して歩くグループが現れました。
久々の同好の志に興味津々です。
まず、先行の御夫婦に追いつきました。
丁度よもぎの草を取っていらっしゃるところで、虫除けに持って歩くとのことです。
聞けば閑羅瀬に車を置いて登ってこられたとのこと。
今から車に帰るのだそうです。
しばらくして、後ろからグループが追いついてきました。
こちらは旭高原に車を置いてきたとのこと。
奥矢作湖を見下ろす地点まで下るということです。
今まで独りで歩いてきましたが、ここで一気に6名と賑やかになりました。
下りということもあり、足取りも軽くなります。
御夫婦の旦那様と前後して
「閑羅瀬の里に着いたらビールが飲みたいなぁ」
などと話しながら歩きます。
道の途中からは奥矢作湖がきれいに見えました。
先のグループはここで引き返していきました。
閑羅瀬の里に降りてきました。
のんびりぽくぽくと歩き、御夫婦が追いついてくるのを待ちます。
閑羅瀬の看板の前で3人で写真を撮り、住所を交換しました。
中平さんという日進市に住んでいらっしゃる御夫婦でした。
さて、ちょっと歩いた雰囲気からすると閑羅瀬の里には自販機はないようです。
ここでビールの夢も儚く散ったか、まぁ仕方ないと思いきや、中平さんがビールの売っている所まで車で連れて行って下さると言ってくださいました。
お言葉に甘えて、岐阜県境から矢作川に沿ってしばらく下流に走っていただきました。
店を見つけて無事にビールを購入。
3本買って2本は御夫婦にと思いましたが、固辞されてしまい、結局1本を御夫婦に、2本は僕が持って行くことになりました。
さて、再び岐阜県境まで送って頂き、お礼を言って中平さん御夫婦と別れました。
今度は歩いて県境の橋を渡ります。ついに岐阜県突入です。
しばらく舗装路を歩き、三本松峠の登り口のお地蔵様の前で景気付けに先ほどのビールを一本開けました。
グイッと飲み干し喉を潤してから、さあて行くかと再び荷を背負うと、あれあれ、先ほどお別れしたはずの中平さん御夫婦がリュックを背負って歩いてこられました。
何と、三本松峠まで同行して下さると言うのです。
疲れも溜まっているだけに、何と有り難いことでしょう。
勇気百倍とはこのことです。
3人で歩き始めた岐阜県最初の道は、通る人が少ないのかそれまでの道に比べて草に覆われています。
そして、急な登りの階段が続きます。
ここまで歩いてきた疲れがひびいて、足の運びも思うようにいきません。
標識がしっかりしているのが救いでしょうか。
中平さん御夫婦が同行してくださるおかげで、なんとか気力を振り絞って歩いて行けます。
一旦林道に出ますが、林道を歩くことはせずに再び山道に入ります。
リズムをつけて、掛け声を出して、何とか階段を登ります。
しかし、階段が終わり登り坂を進んだ所で、ついに気力もつき、道にへたり込んでしまいました。
僕がへたり込んだので、自然と中平さん御夫婦も休憩になりました。
水をガブ飲みして目を閉じます。
中平さん御夫婦が励ましてくれるのですが、疲れて目も開けられません。
御夫婦には先に行って頂き、一人残って休憩を続けます。
だんだんと意識が遠のき、脱力状態になりました。
そのまま20分もへたり込んでいたでしょうか、これ以上ここにいるわけにもいかないし、先行した御夫婦にも心配をかけてしまいます。
何とか目を開け、立ち上がって気合の掛け声を一発叫んで、再び荷を背負って一歩一歩歩き始めました。
ピークに至るまで更に2回の休憩をいれて、何とか林道に出てきました。
そこへ、三本松の休憩場から帰ってこられた中平さん御夫婦と行き会いました。
三本松峠の休憩所はルートから少し外れた林道の先にあります。
中平さんのお話では休憩所に行ってもトイレくらいしかないとのことなので、休憩所はパスすることにしました。
そして、林道に再びへたり込んで体力の回復を待ちました。
結局、中平さん御夫婦には失礼でしたが、へたり込んだままお別れを言い、道を戻る後ろ姿を見送りました。
しかし、ここまで同行してくださってどんなに心強かったか。
感謝、感謝です。
10分ほども座り込んでいたでしょうか、再び立ち上がり、今度は下り道を歩き始めます。
普段歩いているときは、登りの方が膝が痛くならずに楽だと思うこともありますが、これだけ疲れていると下りの方が圧倒的に楽です。
標識には柿畑まで10分と出ています。
それを信じて下ると、畑が見え、水田も出てきました。
そして人家。5:20、柿畑の集落に到着です。
最初の人家は道よりもかなり下方にありました。
家の前に人がいたので大声で道を尋ねます。
しばらく舗装路を歩いて、丁度おじさんが家から農作業に出てきた所に話し掛けました。
この辺りで幕営できる場所はないかと尋ねた所、すぐ横の小さな寺、極楽寺が良いのではないかとのことでした。
とりあえず、このおじさんの家で水を頂くことにして、庭に入れて頂きました。
庭の水場で顔を洗って、水補給して、それから冷たい水を一杯のみました。
ああ、生き返った。
縁側で休んでいきなさいというおばさんの勧めを有り難く受けて、座って休ませて頂きます。
家の小学生の男の子と幼稚園の女の子が(おそらくお孫さんです)早速やってきていろいろ話し掛けてきます。
何でこんな所に来たのか、こんなに暑いのになんで長ズボンをはいているのか、大きなリュックには何が入っているのか、等々。
女の子は宝物のコンパクトを持ってきてみせてくれました。
しばらく休ませて頂いた後、腰を上げて礼を言い、極楽寺へ。
ちょっと高い所にあるこの無人の小さな小さなお寺は下に小石がひいてあり寝心地がよさそうです。
目の前の家を見下ろす位置にあるので、一言断りに行き、了承を頂きました。
早速テントを張っていると、目の前の家の御主人がやってきて、テントを張りながら少しお話をしました。
僕はここまで東海自然歩道を歩いてきたことや、今日の行程の様子などを中心に話しました。
テントを張り終える頃、その御主人が一言、
「畳の上の方がいいだろ。」
とおっしゃいました。そりゃあ、もちろんです。野宿のときは畳の上で布団をひいて寝る夢を見ることがあるなどと話します。
そんな話をしていたら、
「公民館を使うか?俺はこの地区の区長だから大丈夫だぞ。」
と思わぬ申し出を受けました。いやはや有り難い。
急いでテントを畳み直し、区長さんにくっついて公民館へ行きました。
普段から鍵をかけていないとのことで、戸締まりの心配も無し。
何より、流し場とトイレと畳の部屋があるのです。
今夜一晩、ここを提供してくれるというのです。
嬉しくて、深々とお辞儀をしてお礼を言いました。
その夜は絞ったタオルで体を拭いて、閑羅瀬で買ったビールと持参のウイスキーを飲みながら夕食を食べて、ぐっすり眠りました。
畳の上はなんて幸せなんでしょう。
知り合いもいない山村でこんなに快適な夜を過ごせるなんて、まさに人生いたるところに青山ありです。
寧比曽岳山頂までのアプローチはかなり不便です。
僕の取った大多賀峠経由のアプローチのコースが一番近いのですが、大河内君が送ってくれない場合はここまでの足がありません。
(それとも皆で大河内君に送ってもらいましょうか(^^;)どうだね、大河内君?)
豊田市か名鉄三河線の終点・西中金からバスで足助に行き、そこからタクシーという手が一番良いと思います(日の出タクシー0565-62-0064、オーワ交通0565-62-0156)。
伊勢神峠へはやはり西中金からバスが出ていますが、本数がとても少なく、事前に確認が必要です(名鉄バス足助管理所0565-62-0157)。
伊勢神峠到着はどうしても午前10時頃になってしまうでしょう。
そのため、本コースを歩くときに一旦伊勢神峠まで下りてきておき、恵那コースは伊勢神峠から出発するという手もあります。
さて、寧比曽岳から大多賀峠、更にいこいの村までは標識通りに歩いていけば迷うことはありません。
いこいの村には前述の通り宿泊施設があります(0565-67-2101)。
ここに宿泊するという手もあるでしょう。
いこいの村から伊勢神峠も標識通りに歩けば大丈夫。
伊勢神峠からは下を通る国道に降りる道もありますが、こちらではなく右手に進んでください。
八百比丘尼の杉をへて舗装路に降ります。
舗装路に出たら左手に進みます。
そしてひたすらまっすぐに進みます。
案内板とベンチが出てきたらその横から山道が始まります。
ピークを越えて林道を横切り再びピークを登ると猿が城跡です。
猿が城跡から弘法杉はすぐです。
本文にある通り、弘法杉にある公衆トイレはスズメバチの占領下にありますので、使用不可です。
弘法杉で車道を横切り再び山道に入ります。
ここの山道を抜けると旭高原へ通じる車道に出ます。
ここは右手へ進みます。
旭高原の各施設を過ぎて下りになったところで、道が上下に分かれます。
ここにも標識はあるのですが、上下どちらを指しているのか判然としません。
ここは下へ進んでください。
東屋横を階段で登るルートが現れるので、ここを登ります。
結局上の道を進んでも一緒だと思いますが、標識は下のルートを歩くように設置されているようです。
階段を上りきったところで再び山道に入ります。
ここの山道は広くて歩きやすいのですが、支線が出ています。
ルートはその支線の一つを通っていくことになります。
ここの曲がり角(左折)にも標識は立っているのですが、僕は見落としそうになったので(中平さんに教えてもらい助かりました)、皆さんも注意してください。
支線に入れば閑羅瀬までは一本道です。
閑羅瀬にでたら、矢作川をしばらく下り、橋を渡ります。
この橋に、岐阜県境という表示が出ています。
橋を渡ったら左折して、入り口にお地蔵様がある山道が右手に現れるまで直進です。
この道は、一旦林道に顔を出しますが、ほぼ一本道と言って良いでしょう。
そのまま進めば三本松峠まで行きます。
峠では林道を横切って下りの山道に入ります。
人家が出てきて舗装道になったら右折します。
ここが柿畑の里です。
伊勢神峠を過ぎると交通機関はほとんどありません。
閑羅瀬にバス便がありますが、本数は少ないので、事前に確認したほうが良いでしょう(東濃バス0573-54-2506)。
また宿泊場所としては旭高原にあるかもしれませんが、詳細はわかりません。
宿泊等、詳細については、伊勢神峠までは足助町産業観光課(0565-62-0600)、閑羅瀬までは旭町産業課(0565-68-2211)、閑羅瀬以降は串原村産業課(0573-52-2111)へお問い合わせください。
旭高原の自然活用村についても旭町産業課に問い合わせれば分かると思います。