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 翻訳書『もの思う鳥たち――鳥類の知られざる人間性』

 本書は、人間の心と体の関係(心身問題)に深い関心を抱き続け、催眠現象の厳密な批判的研究者として名をはせながら、2005年9月に78歳で急逝したセオドア・ゼノフォン・バーバー(以下、著者)が、晩年の6年間をかけて、鳥類の行動を研究した成果(The Human Nature of Birds: A Scientific Discovery with Startling Implications. New York: St. Martin's Press, 1993)の邦訳です。著者は、催眠研究に”革命”を起こした異端児として、専門家の間では今なお非常に高い評価を受けている心理学者です(Gauld, A. (1992). A History of Hypnotism. Cambridge and New York: Cambridge University Press, Epilogue.)。

 本書は、刊行翌年の1994年にペンギンブックスに収録されました。ペンギンブックスは、わが国の文庫本に近い位置づけにあるので、英語圏ではそれなりに部数を重ねていることの、何よりの証拠です。著者は、本書が反擬人主義という、キリスト教文化圏の支配的パラダイムの原則に反しているため、専門家から嘲笑されたり、直接、間接に攻撃されたりするのではないかと予測しています(本書、220ページ)。しかし、本書が専門家たちから――動物行動の研究者や認知心理学者から――実際に受けたのは、ある書評でいみじくも指摘されているように、黙殺に近い反応でした。これは、本書に存在価値がないということよりむしろ、本書に真の意味での重要性があることを示す重要な指標のように思います。

 最後まで著者と親密な交流を続けていた心理学者であり、超常現象の研究者としても有名なスタンリー・クリップナーによれば、著者は、本書の続編にあたる著書(著者による仮題では『細胞の知恵 The Wisdom of the Cell』)の出版を計画していました。ところが著者は、その出版にこぎつける前に急逝してしまったのです。この著書は、「”変化しえない”身体的過程を(催眠)暗示により変化させる(Changing "unchangeable" bodily processes by (hypnotic) suggestions)」という非常に興味深いタイトルをもつ著者の代表的論文の拡張編でもあるそうです。

 本書の目次は次の通りです。

 謝辞
 はじめに
第1章 鳥たちの知能
第2章 鳥たちのもつ柔軟性
第3章 本能に導かれる鳥と人間
第4章 鳥たちの言葉
第5章 偉大なるロレンツォ――おしゃべりカケス
第6章 鳥たちの音楽、職人的な技巧、遊び
第7章 鳥たちの航法
第8章 人と鳥との個人的な友情
第9章 鳥の知能の全体像
第10章 なぜ鳥は完全に誤解されてきたのか
第11章 動物はすべて知的なのか
第12章 動物の知能がもつ革命的な意味
 付録
 原註
 訳者後記
 索引

 現在の定説に真正面から挑んでいる本書の主張は、鳥類や動物行動の専門家ばかりでなく一般の科学者にとっても、大きな意味をもっているはずです。現代の科学知識体系は、“偶然説”とも言うべき基盤(宇宙の森羅万象はすべて偶然によって起こっているという暗黙の了解)の上に成立しているのですが、本書の主張が正しいかどうかは別にしても、本書の存在は、偶然説には科学的根拠がないという事実に、あらためて意識を向ける好機になるはずです。本訳書が、わが国の科学者の陣営からも無視されることのないよう切に願うものです。(「訳者後記」より)

 本書担当編集者による“編集者の部屋”(本書の紹介と、読者からのコメントがあります)
 アマゾンに掲載されたレビューについて検討している書評やレビューに関する考察もご覧ください。

 邦訳書の出版社は日本教文社です。原著とは別個に作成された7ページからなる索引がついており、並製で xiv+312ページ、定価は2000円(本体価格1905円)です。おかげさまで、売れ行きはきわめて好調で、発売1週間ほどで増刷になりました。また、日本図書館協会選定図書にもなりました。最初は、バードウォッチャーや研究者を読者に想定していたのですが、ブログなどを見ると、インコやオウムを飼育している方々が主な読者になっているようです。発売3ヵ月後の今なお、好調な売れ行きが続いていて、出版社では品切れ状態になっていたそうですが、9月18日に5刷目が出ました。私の著書や翻訳書で、他にこれほど売れ行きのよい本はなく、驚いているところです。

 本書の邦訳については、10年ほど前に、動物行動の著書や翻訳書をたくさん出している、ふたつの大手出版社に持ちかけたことがあるのですが、その時には、双方の出版社から、「こんなしろうと的な本は出せない」として、一蹴されたいきさつがあります。それが、今や、鳥ファンの定番図書にもなりそうな勢いです。


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