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 書評やレビューに関する考察

 レビューの検討 1『もの思う鳥たち――鳥類の知られざる人間性』 
 レビューの検討 2「スティーヴンソンの研究への批判について」 
 レビューの検討 3『幸せを拒む病』 

 超常現象に関する著書や翻訳書に対しては、以前からさまざまなご意見やご批判が寄せられてきたのですが、それ以外の、特に心理療法に関する私の出版物については、これまでのところ、ほとんど反響がありません。ほぼ完全に無視されていると言ってもよいほどです。しかし、2008年に出版した、鳥類の行動に関する翻訳書(『もの思う鳥たち――鳥類の知られざる人間性』)に対しては、興味深い書評やレビューが、ブログをはじめとするウェッブページにたくさん掲載されるようになりました。そこで、そうした読者の方々のご好意にお応えするためのコーナーを、ここに設けました。

 とはいえ、読者の方々からの反響を最大限に活かし、人間の心の本質に関する研究に何らかの形で反映させるには、どうすればよいのでしょうか。もちろん、正当なご指摘やご批判に対しては、それを真摯に受け止めて、反省や再検討を行なわなければなりません。それはそれで大きな意味を持っていることは言うまでもありませんが、それだけでは従来的な方法以上のものではないため、それほどの進展は見込めません。問題は、人間の心の本質に少しでも近づくために、もっと適切な方法がないものかどうか、ということです。

 ところで、超常現象研究に対する、“科学者”たちによる批判は、その研究の黎明期から、それこそ枚挙に暇がないほど繰り返されてきたのですが、そのほとんどが、事実を無視したり歪曲したりしたうえで行なわれる没論理的な批判でした。それは、論理学的に見た場合はもとより、精神病理学的に見ても、絵に描いたようにすばらしい、きわめて興味深いものです。それに対して、これまでの超常現象研究者のように再反論に終始したのでは、せっかくの“労作”を無にしてしまうのみならず、発展性がなく、互いにすれ違いに終わるだけの、ほとんど無意味な論争に堕してしまいます。超常現象をめぐる従来の論争は、現実にはそのレベルから一歩も出ていなかったため、同工異曲の論争が、両陣営ともに何の反省もなく、120年以上も続けられて現在に至っているわけです。

 今から20年ほど前に出した拙編書『サイの戦場――超心理学論争全史』(平凡社)は、双方の陣営に属する科学者や研究者たちによる、この方面の論争の裏に潜む心の動きの解明を通じて、そうした膠着状態に楔を打ち込もうとする試みでした。論争に参入するのではなく、これまでに行なわれてきた論争をデータとして扱って、膠着状態が続いている理由を解明しようとしたわけです(笠原、1993年)。そして、そのおかげもあって、それまで心因性疾患の治療法の基礎理論以上のものではなかった〈幸福否定〉という私の考えかたが、初めて超常現象にまで、さらには人間一般にまで拡張され、〈心の持つ力に対する心理的抵抗〉と、〈人間に本来的に備わった属性としての幸福否定〉という、ふたつのきわめて重要な概念が生まれたのでした(笠原、1995年)。

 超常現象研究で成功した方法論が他の分野でも通用するとすれば、正当な批判ではなく、没論理的な批判を取りあげるほうが意味が大きいことになります。その場合、その内容の非合理性や没論理性をあげつらうのではなく、執筆した方々がそこで展開している論理やその真意を、できる限り正確に把握することから始めればよいことになるでしょう。そして、単に説明や反論を加えるのではなく、そこに書かれている事柄を精密に解析しなければなりません。それによって、どこに、どのような看過や回避や歪曲があるかを――つまり、いわゆる無意識のうちに、何を避けようとしたり歪めようとしたりしているのかを――明らかにし、その裏に潜む抵抗の実態を浮き彫りにするわけです。この場合の抵抗は、もちろん通常の意味での抵抗ではなく、私の言う〈幸福否定〉に基づく抵抗――この場合は、宇宙の森羅万象に関する真理に迫ることに対する抵抗[註1]――という意味です。

 したがって、このコーナーでは、いわゆる好意的な感想や正当な批判ではなく、的が外れた没論理的反応を取りあげて検討することになります。そのほうが、超常現象の場合と同じく、はるかに意義が大きいはずですし、執筆された方々の労に、真の意味で報いることにもなるはずだからです。

[註1] ここに、論理の飛躍があるように感じられる方は、拙著『隠された心の力――唯物論という幻想』(春秋社)第5章をご覧ください。

参考文献

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Copyright 2008, 2016 © by 笠原敏雄 | created on 9/23/08 | last modified on 8/14/16