心理的原因による症状は、いわゆるストレスや悩みごとが原因で出るわけではなく、本当は幸福のはずの時にこそ出るのです。本人がその幸福を意識の上で認めている場合には、もちろん、ただうれしいだけで、何の問題も起こりません。ところが、その幸福感が、いわゆる無意識のうちに否定された時には、さまざまな心因性の症状が即座に(1,2秒のうちに)出現するのです。こうした状態を、私は、幸福否定と呼んでいます。このような幸福否定は、いわゆる心因性疾患の有無を問わず、さらには時代や民族を問わず、広く存在するように思われます。幸福否定の結果として、自分の行動を前向きに変えるのを強く嫌う傾向が出現します。そのため、自分の失敗を懲りたり、困ったりしにくくなります。懲りたり、困ったりすると、つまり、自分の意識が反省の方向に向かうと、自分の行動を前向きにせざるをえなくなるからです。これを、私は、“懲りない・困らない症候群”と呼んでいます。
私の心理療法の目的は、この幸福否定という無意識的意志を弱めることにあります。ひとことで言えば、自分に素直になることが終着点です。言葉で言えばどうということはないのですが、これが実際には非常に難しいのです。しかし、実際には、幸福否定の意志は非常に強いため、長い年月をかけても、ごくわずかずつしか弱めることはできません。
一般の心理療法では “気づき” ということが重視されますが、意識の上で何かに気づいて、それによって変化するということはありません。感情の演技を繰り返してゆけば、それだけで、症状が弱まったり消えたりするなどの変化が自然に起こるということです。意識で気づくのは、変化した結果なのです。なお、私の心理療法では、感情の演技を求めるくらいで、指示的なことは他に一切ありません。
この方法も理論も、常識に反してはいますが、非常に単純です。ところが、こうして言葉で説明することはできても、説得力はほとんどありません。そのため、心理療法を希望する方々は、1時間ほどの説明を受けたとしても、納得できないまま心理療法を始めることになります。やがて自分にも、そうした反応が出ることがわかると、このやり方がまちがっていないことは認めますが、実際にはなかなか納得したがりません。ただしそれは、理解力の問題ではなく、抵抗の結果なのです。
この好転の否定という現象は、心理療法の進展に伴って何度でも起こります。その克服は、心理療法を進展させるうえで非常に重要です。
この心理療法では、ある程度にせよ、治療効果が見えるようになるまでには(ペースは本人の意志に任せますが)、1、2週間に一度程度の頻度ですと、たいていは半年程度かかります。また、その変化は、周囲の人たちにはわかるのですが、本人には、これまた幸福否定のため、あまりわかりません。その病気が実際に問題にならなくなるまでには、症状の軽重を問わず、最低でも2,3年を要するようです。このように、徐々にしか治療は進みませんが、治療を中断しても、後戻りすることはありません。その点も、他の心理療法と異なる部分です。
私が、今から三十数年前まで行なっていた心理療法では、場合によっては 30 年近く続いてきたような症状でも、目の前で劇的に消えてしまうなど、めざましい効果がありました。それに対して、現在の方法では、そうした劇的な変化は絶対と言ってよいほど起こりません。昔の治療法では、表面的な症状は消えても、根本的な点ではほとんど変化しませんでした。しかし、現在の方法では、根本的な部分が徐々に変化します。それは、これまでの方法によっては得られないもののように思います。