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 前世療法に対する批判

 超常現象研究という分野は、他の分野と違っていろいろなレベルの人たちが参入するので、気をつけないと大変なことになります。残念ながら、いわゆる前世療法の中で語られる“前世の記憶”もそのひとつです。それが、心理療法家や精神科医などの専門家によって行なわれている場合でも同じです。この問題の要点は、次のふたつに集約できます。

 ほとんどの前世療法家は、驚くべきことに、患者の発言を歴史的事実と照らし合わせる作業をまったくしていないようです。仮に、患者の口から、歴史的に正しい事実が語られたとしても、それが「前世の記憶」なのか、それまで本などの情報から得たものなのかはもちろんわかりません。ですから、そうした情報に基づいたものではないことが証明できない限り、「前世の記憶」とは言えないわけです(Stevenson, 1994; このサイトも参照のこと)。しかし、ほとんどの前世療法家は、それ以前に、歴史的事実との照合すらしていないし、にもかかわらず前世の記憶だと断定してしまうのです。

 また、日本ではあまり知られていませんが(というよりも、あまり関心を持たれていないようですが)、アメリカでは、イギリスの著名な心理学者ハンス・J・アイゼンクの論文(Eysenck, 1952)に触発されて、1950年代初めに、心理療法研究という分野が台頭し、これまで3千件ほどの論文が発表されています(日本語の文献としては、この方面の中心的研究者であるジェローム・フランクの『心理療法の比較研究』〔フランク、1969年〕があります)。つまり、心理療法の効果を、さまざまな心理療法同士で比較する研究領域です。それによると、これまでのどの心理療法も、その考え方や方法が相互にまったく違っているにもかかわらず、だいたい同程度の比率で患者の症状を消す効果があるという点で、研究者の意見が一致しています(笠原、1995年、154-7ページ)。ですから、仮に心理療法の結果として症状が消えたとしても、それだけでは、その心理療法の正当性が証明されたことにはならないのです。

 たとえば、ジョナサン・ヴェンというアメリカの臨床心理学者は、1914年8月に、ベルギー上空でドイツ機の機銃掃射にあい、胸を撃たれて戦死したフランス空軍のパイロットであった前世を、催眠療法中にたまたま“想起”したオクラホマ州在住の男性の事例を詳細に検討しています。この26歳の男性は、催眠状態の中でフランス語らしきものを話したそうですが、応答的にではなくオウム返し的なものであり、発音も不正確で、外国人がまねるフランス語の域を出ていなかったそうです。また、第1次大戦に関する知識についても、容易に調べることのできる点については比較的正確だったものの、簡単には調べられない点については、ことごとくまちがっていることがわかったということです(Venn, 1986)。

 もちろん、先ほど述べたように、催眠を通じて、本当の前世の記憶らしきものが出てくることは、きわめて稀にはあるようです。その中でも有名なのは、「ブライディー・マーフィーの事例」(バーンスティン、1959年)でしょう。(催眠によるものではありませんが、イギリスのエドワード・ライアルの事例(スティーヴンソン、2005年)は、さらにその上を行っています。しかし、スティーヴンソンはそれを、記憶錯誤によるものと考えています。)また、最近では、シカゴ在住の中年女性が、16世紀のスペイン女性の生涯を詳細に物語った、信憑性の高い事例が報告されています。この事例では、歴史的事実がほとんど正確だったのみならず、スペインの公文書館に所蔵されている資料を調べて初めて正確だったことが判明した事実も数多く語られているそうです(Tarazi, 1990)。

 他には、ヴァージニア大学のイアン・スティーヴンソン教授が研究した、真性異言の2例があります。そのうちの1例は、ペンシルヴェニア州フィラデルフィアで生まれ育った、ユダヤ系の37歳の主婦の事例です。この女性は、1955年に、夫である内科医によって行なわれた催眠実験の中で、「昔に戻された」時、老人たちが溺死を迫られているような場面のイメージを見た後、水中に押し込められているような感じがして、叫び声をあげ、それから強い頭痛が起こるようになりました。その後4回目のセッションで、この女性の知らないはずのスウェーデン語を応答的に話すイェンセン・ヤコービーという男性が登場するわけです(Stevenson, 1974)。もう1例は、夫である牧師が催眠をかける中で、“前世”まで遡行させたところ、グレートヒェンという、ドイツ語を応答的に話す少女が登場した事例です(スティーヴンソン、1995年)。いずれについても、スティーヴンソンは、徹底的な調査を行ない、このふたりが生後にその言葉を、それぞれの人格が話すことができたほど学んでいた可能性をほぼ棄却しています。このふたりが、催眠状態の中で、それぞれの外国語をどの程度正確に、しかもその言語の話者とどの程度応答的に話したかについては、それぞれの文献を参照してください。

 このような事例は確かに存在するものの、それを研究しているスティーヴンソン自らが、前世療法の中で語られる“前世の記憶”の圧倒的多数が想像の産物であることを指摘しているという事実を、まず念頭に置くべきだと思います。いわゆる前世療法は、それを症状を軽減させる手段として用いるだけであれば、それはそれでかまわないのかもしれませんが(そのような態度を取る前世療法家は、まずいないでしょうが)、その中で得られた発言を、何の検討もしないまま文字通り受け止めることは、まったくのナンセンスなのです。

参考文献

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