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 これまでの出版物――心理学関係

 ここでは、私の心理療法に関するものと、中間領域に含まれるものに限って手短に解説しておきます。私の心理療法そのものについて書かれた著書としては、『本心と抵抗』があります。また、それが導き出されるまでの経緯やその理論的背景については、『幸福否定の構造』に書かれています。超常現象関係の著書や翻訳書については、これまでの出版物――超常現象関係をご覧ください。

『加害者と被害者の“トラウマ”――PTSD理論は正しいか』

国書刊行会、2011年。A5版横組みハードカバー、320ページ。付録1・2、索引。定価3,990円。

 本書は、一部の心因性疾患の原因論として、既に世界の定説となった観のあるPTSD理論を、私の唱える〈幸福否定理論〉の立場から厳密に検証・批判したものです。比較的最近まで私は、自分の考えをまとめることでせいいっぱいだったため、一般的な理論を詳細に吟味するだけの余裕がほとんどなかったのですが、このところ、ようやく一段落がつき少しゆとりが出てきたおかげで、そのような試みが少しずつできるようになってきました。本書は、その成果の第一弾ということになります。

 PTSD理論については、内外の専門家の間で批判が少なくないようですが、これまでのところ、それが十分に明確な形で行なわれたことはありませんでした。本書では、それを、少なくとも私自身が得心できる程度には明確にできたように思います。その一環として本書では、“PTSD”が出現するとされる状況で見られる症状や行動と、本当のストレスに直面した場合に人間が起こす現象や行動とが、実際には相容れないことを明らかにしています。

 心理学関係のこれまでの拙著は、ほとんどの事例を私の経験の中からとりあげていたのに対して、本書は、災害や犯罪などに関係した、既に発表されている、いわば外部の実例をとりあげています。私自身が経験した事例の場合には、信憑性に欠けるなどの理由をつけて却下することも容易でしょうが、本書の場合には、それができない形になっているわけです。そのため、そうした“逃げ道”がない分だけ、抵抗が強く働くように思います。次の『本心と抵抗』と並んで、本書も、一般読者からであれ専門家からであれ、未だにほぼ完全に無視され続けていますが、それは、そのあたりに大きな理由があるためではないかと考えています。

 右の表紙をクリックすると、もう少し詳しい解説のページに飛びます。そのページに、各章の一部や参考文献、索引などの pdf ファイルを掲載しておきましたので、ご参考までにご覧ください。

『本心と抵抗――自発性の精神病理』

すぴか書房、2010年。四六版ハードカバー、302ページ。索引。定価2,940円。

 本書は、日常生活でごくふつうに遭遇するさまざまな現象や心因性症状をとりあげ、それを、私の唱える〈幸福否定理論〉の視点から検討したものです。その点で本書は、次の『懲りない・困らない症候群――日常生活の精神病理学』と共通しているのですが、自発性という側面に焦点を当てているという点や、かなり厳密に考察を進めている点で違っています。そして後者が、本書に対する抵抗が強い大きな理由のようです。この問題については、「『本心と抵抗』――売れ行き不振の理由に関する検討」で詳細に検討していますので、関心のある方はぜひご覧ください。

 本書のもうひとつの大きな特徴は、私の心理療法の方法を、ほとんどそのままの形で公開していることです。ですから、技術的には、本書を読んだだけで私の心理療法がほぼ実行できる形になっているわけです。とはいえ、実際にはそれは不可能なはずです。それは、私の心理療法の中核概念に当たる〈抵抗〉というものが、誰であれ例外なく存在するためです。そして、それが、本書のテーマのひとつになっているわけです。

 私の言う抵抗という概念は、観念的には理解できたとしても、これを、特にその頑強性や浸透性という点で実感としてわかるのには、相当の年月が必要なように思います。私のところに来ていた、長年、精神分析を勉強していたある女性は、抵抗の意味が本当に理解できるまでに15年かかったと言っていました。この女性は、それまで、私の心理療法を毎週1時間半ずつ受けていたのです。このように、抵抗という概念を体験的に理解するのは、容易なことではないのです。(ただし、そのような理解ができなければ、心理療法が進まないということではありません。私の心理療法は、納得しなくてもできるという点でも、他の心理療法とは違っているように思います。)

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『なぜあの人は懲りないのか困らないのか――日常生活の精神病理学』

春秋社、2005年。四六版ソフトカバー、246ページ。索引。定価1,890円。

 本書は、私の〈幸福否定理論〉を、さまざまな事例を中心にして、主として自覚の否認という角度から眺めたものです。本書の旧版『懲りない・困らない症候群――日常生活の精神病理学』は、おかげさまで好評を博しましたが、第三刷が完売になったまま、しばらく品切れの状態が続いていました。その後、再刊を望む声が数多く寄せられたため、タイトルをより一般受けしそうなものに代え、ソフトカバーで新装版を出しました。営業部主導なので、人ごとのようなタイトルになってしまっていますが、懲りない・困らない症候群とは、特定の人のことではなく、人間全体に遍く見られる本性的傾向のことです。内容は誤植を修正しただけで全く同じですが、最後のページに、その後の理論的進展が簡単に説明されています。

 右の表紙をクリックすると、出版社の当該ページに飛びます。また、このページに目次と索引の pdf ファイルを掲載しておきましたので、ご参考までにご覧ください。

『幸福否定の構造』

春秋社、2004年。四六版ハードカバー、306ページ。索引。定価2,625円。

 2004年3月に春秋社から出版された拙著『幸福否定の構造』は、2部構成になっています。第1部は、幸福否定という概念を基盤にした私の心理療法が生まれるまでの経過が詳しく説明されており、第2部には、私の心理療法理論から導き出される、現行の科学知識とは根底から異なる人間観が紹介されています。上掲の『なぜあの人は懲りないのか・困らないのか』(『懲りない・困らない症候群』の新装版=春秋社刊)は、人間に遍く存在する幸福否定という、隠された強い意志を浮き彫りにして見せてくれるさまざまな事例で構成されていますが、それに対して、本書の(特に後半)は、幸福否定の理論的説明が中心になっています。また、下で紹介する別著『隠された心の力』(春秋社刊)が、人間が潜在的に持つ能力を扱っているのに対して、本書は主として、人間の隠された人格的側面を扱っています。

 かつて精神分裂病の心理療法として一時注目を浴びていたにもかかわらず、その後、専門家からその存在を完全に抹殺されて現在に至っている小坂療法について、その歴史や追試の結果が、小坂英世先生との個人的接触を含めて、かなり詳しく書かれているのも、本書の大きな特徴と言えるでしょう。小坂療法について、ここまで詳細に書かれた本は他に存在しません。本書は、結果的に、精神科医に対するかなり厳しい批判にもなっています。小坂療法は、いつの日か必ずや再び脚光を浴びることになるはずです。小坂療法や分裂病の心理療法に関心のある方は、ぜひ本書をお読み下さい。

 また、オウム真理教の麻原彰晃についても、私の人間観から、これまでにない分析を行なっています。麻原彰晃はなぜ妄想を抱くに至ったのか、なぜ拘置所で拘禁反応を起こしたのか、専門家はなぜそれを拘禁反応と認めようとしないのかなど、麻原彰晃をめぐるふしぎな問題についても検討しています。

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『希求の詩人・中原中也』

麗澤大学出版会、2004年。四六版ハードカバー、410ページ。索引。定価2,940円。

 現在、その令名をますます馳せている、昭和初期に活躍した詩人・中原中也は、まさにそのこと〔人はパンのみにて生きる者ではないこと〕を、“ふつう”の人たちとは逆の方向から実現するために生きた、稀有な人物と言えるかもしれない。結核性疾患のため三〇歳で夭折するまで、一度として定職に就かず、パンのみにて生きる生活を最初から完全に放棄し、詩作という「神の口から出る言葉」を自らの“労働”としていたからである。そして、作品の中で、その成果を高らかに歌いあげた。もちろん、その生きかたは、世間一般の目から見れば非常識の極みであり、まさに自滅的生涯以外の何ものでもないかもしれない。しかし、その裏には、それとは正反対の意志が見え隠れしているのである。本書は、そのことを、私の心理療法理論に基づく人間観から明らかにしようとする試みである。

 三〇年以上にわたって心理療法を専門としてきた、およそ文学には縁遠い人間としては、中也の作品そのものについて述べることはできない。できることがあるとすれば、それは、中也の心理的状態や行動および、作品の中で行なわれている主張に関する検討にほぼ限定される。中也は、長年にわたって、友人たちを辟易させるような、信じがたいほどの奇行を何度となく繰り返してきた。そのため、ほとんどの友人が中也から遠ざかった時期もあった。ところが、このように自滅的に見える生涯を送ったにもかかわらず、ふしぎなことに、中也は、心底では友人たちに、うそ偽りなく愛されていたのである。そのことは、友人たちによる、中也に関する伝記的な文章や書籍が大量に存在することからもわかるであろう。当時は、そのほとんどが無名に近かった友人たちが、その後、なぜか有名になったという事情もあるが、中也の人となりを描いた文章が豊富に残されている事実を、それだけで説明することはできない。フランスの詩人アルチュール・ランボウの場合と同じく、中也は、その作品ばかりでなく、その生きかたに対しても、人々の関心をいたくかき立てるのである。(『希求の詩人・中原中也』〔麗澤大学出版会、2004年〕序文より)

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『隠された心の力──唯物論という幻想』

春秋社、1995年。四六版ハードカバー、284ページ。参考文献・索引。定価3,360円。

 現代は唯物論科学全盛の時代と言える。周知の通り、唯物論とは、宇宙の森羅万象が物理的次元のみによって説明できるとする理論であるが、唯物論が絶対的に正しいことを科学的方法――実験と観察――によって証明することはできない。科学的方法という経験的手段では、“白いカラス”の実在を否定することは事実上不可能であるため、「カラスはすべて黒い」ことの証明はできないからである。したがって、唯物論といえども、ひとつの仮説というか憶説にすぎない。

 確かにこの仮説は、現実にかなり高い妥当性を持っている。そのため、この仮説を基盤とした科学分野が数多く生まれ、物理学であれ生物学であれ心理学であれ、それなりの進展を遂げるに至った。生物学という生命を対象にした科学分野では生気論が敗退し、心理学という心を対象にした科学分野では、心の独立的実在は否定されるか無視された。そして、生物の進化は突然変異と自然選択という機械的要因によって起こるとされ、人間の心は脳の活動の副産物にすぎないとされた。その結果として、そうした“真理”に適合しない現象は全て却下されたのである。

 そのような“真理”からすれば、人間も人間の脳も、全て純粋に偶然的な産物ということになる。加えて、人間の心は脳の活動に依拠しているので、脳が死ねば心も消滅する。したがって、脳同士の交信を仮定しないテレパシーや死後の生命のような超常的現象はありえない(註1)。そのように見える現象があるとすれば、それは全て錯覚か偶然か詐欺的行為によるものでしかないのである。確かに唯物論が絶対的真理であれば、その通りであろう。つまり、宇宙の森羅万象は唯物論の枠内で説明できるはずであり、したがって説明できないものは存在しえないのである。

 ところが実際には、唯物論が絶対的に正しいかのような態度が一般の科学者の間に遍く存在するという奇妙な事実がある。もちろん唯物論が森羅万象の一端を説明してくれるのはまちがいないが、だからといって唯物論の無謬性が保証されているわけではない。では、一般の科学者は、なぜそのような、いわば傲慢不遜とも言える態度を取っているのであろうか。また、そうした疑問がほとんど提起されないまま現在に至った理由は、いったいどこにあるのであろうか。

 唯物論的世界観に対する疑念は、これまでにも決して少なくなかった。にもかかわらず、一般の科学分野では、つまり科学者たちの意識の上では、このように唯物論の絶対性は少しも揺らいでいないかのようである。科学者たちがそのような“自信”を持っているように見えるのは、唯物論が実際にも正しいためなのであろうか。それとも、何か別の理由に基づく必然的結果なのであろうか。(『隠された心の力――唯物論という幻想』〔春秋社、1995年〕序文より)

 なお、本書の目次は次の通りです。

まえがき
序論――唯物論という憶説
第1章 隠された心の力
第2章 幸福を否定する心
第3章 心の力の本質
第4章 心理療法の根本的問題点――唯物論のもうひとつの顔
第5章 唯物論とは何か

索引・参考文献

 上の表紙をクリックすると、アマゾンの当該ページに飛びます。なお、本書には、1996年1月20日の東京新聞夕刊に掲載された、芹沢俊介氏による長文の書評の他に、『超心理学研究』第2巻2号に掲載された書評があり、それは CiNii でもご覧いただけます。

『偽薬効果』

春秋社、2002年。A5版ハードカバー、366ページ。参考文献・索引。定価5,250円。

 本書は、これまで欧米の医学・心理学雑誌や専門書に掲載された、偽薬効果を扱った大量の文献のうち、偽薬効果という現象を考えるうえで重要と思われる研究の中から、紙幅の関係でごく一部を選定・収録したアンソロジーであり、3年ほど前に出版された拙編書『多重人格障害──その精神生理学的研究』(春秋社)の緩やかな続編に当たる。

 偽薬(プラシーボ placebo)と呼ばれる、本来は薬効を持たないはずの物質を、当該の疾患や症状に効果のある医薬品と偽って投与した場合であれ、本来は効果のないはずの手術や処置を、効果的であるとして行なった場合であれ、かなりの比率の患者に症状の改善が観察されることは、昔から経験的に知られてきた。偽薬により、自覚症状ばかりか他覚症状にも現実に改善が見られるとすれば──催眠の中でさまざまな驚異的現象が起こるという事実から類推すれば、その可能性はきわめて高いことになるが──その機序の解明は、治療的にはもちろん、学問的にもきわめて重要になる。心の力(と言って悪ければ、心理的要因)によって身体的変化が起こることの裏づけが、さらに得られることになるからである。

 本書の第一の目的は、本来は効果のないはずの投薬や手術や処置によって、症状──特に、他覚症状──が本当に改善されるのかどうか、改善されるとすれば、それは一過性のものにすぎないかどうかを、主として偶発的現象の研究や実験的な研究を通じて、読者の方々にご判断いただくことにある。そして、もし他覚症状が現実に軽減される場合があると判断されたなら、現在知られている医学的な知識や概念により、その変化がすべて説明できるものかどうかをご検討いただきたいと思う。その場合、本書に収録されたわずかな文献では、言うまでもなくさまざまな意味で不十分なので、巻末の参考図書や文献を活用し、他の文献にも当たっていただく必要があろう。なお、本書に収録した各論文は、著者の立場、偽薬効果の定義、考察の厳密性などの点で多少の相違やばらつきがあるが、上記の目的で編集されたためもあって、編者による各論文の論評は避けた。

 本書のもうひとつの目的は、歴史的、方法論的、倫理的その他の研究を通じて、偽薬効果やその研究の全体像を俯瞰していただくことである。それにより、偽薬効果という現象が、さまざまな方面に大きな広がりを持っていることがわかるであろう。  本書には、偽薬効果研究の嚆矢とされる1950年代のビーチャー論文をはじめ、いわゆる“時代遅れ”の研究がいくつか収録されている。そのような論文を本書に収めたのは、医療史の中で偽薬効果の占める位置をご覧いただきたいためでもあるが、昔の論文の中にも、本質的な意味で古びていない、重要なものが決して少なくないことを編者が確信しているためでもある。(『偽薬効果』〔春秋社、2002年]序文より)

 なお、本書は、2000件ほどの偽薬効果に関する論文や著書から絞り込んだ、24編の重要論文をまとめたものです。欧米には、この方面の文献がこのように大量に存在するのに対して、これまでのところわが国では、広瀬弘忠による著書(『心の潜在力――プラシーボ効果』朝日新聞社、2001年)と数点の翻訳書を除けば、科学論文は皆無です。このとてつもない彼我の差はどこに由来するのでしょうか。本書巻末に収録されている参考文献に掲載されている文献が、すべてが偽薬効果の研究論文というわけではもちろんありませんが、それでもこの方面の文献が大量に存在することはおわかりいただけるでしょう。本書には、この方面の屈指の研究者である、ハーバード大学のアン・ハリントン教授が本書のために寄稿した長文の序文が収録されています。

 なお、本書の を収録していますので、参考までにご覧下さい。

 右上の表紙をクリックすると、アマゾンの当該ページに飛びます。

『多重人格障害──その精神生理学的研究』

春秋社、1999年。A5版ハードカバー、296ページ。参考文献・索引。定価4,725円。

 本書は、これまで欧米の医学・心理学雑誌に掲載された、多重人格障害(解離性同一性障害)の交代人格間に観察される差を扱った、代表的な精神生理学的研究を集めたものである。『私という他人』や『シビル』や『24人のビリー・ミリガン』などの一般書を読んでも、『失われた〈私〉を求めて』などの多少専門的な著書に目を通しても、多重人格障害を持つ人々では、人格の変化に伴なって、表情や声が変わるだけでなく、アレルギーの有無などをはじめ、体質すら変わってしまうらしいことがわかる。もしそれが事実であれば、その機序を解明することは、学問的にはもちろん、治療的にも大きな意味を持つことになる。本書の目的は、人格の交代によって、きわめて短時間のうちに精神生理学的な変化が本当に起こるのかどうかを、読者の方々自身に、主として実験的な研究を通じて検討していただくことにある。そのため、編者による論評は避けた。

 本書の読者としては、医学や心理学の専門家が想定されているが、一般の方々にも関心を持っていただけるように、巻末に編者による解説を掲げているので、参照いただければ幸いである。

 本書は、多重人格の精神生理学的研究の中心に位置する、フランク・パトナムの論文による「序論」を除き、5部構成になっている。冒頭に収録された、これまでの報告されたこの方面の研究に関する4編の総説論文からなる、第1部「諸研究の総説」をお読みいただければ、この領域の研究の概要がおわかりになるであろう。そのうち、最初の3編は肯定的な観点から、最後の1編が、バランスを取る目的で収められた、少々懐疑的な観点から書かれた論文である。精神生理学的研究を歴史的に俯瞰した論文と催眠との共通点を指摘する論考からなる、次の第2部「歴史および背景」では、この方面の研究に関心を寄せる研究者がかなり昔から存在していたことや、催眠と多重人格障害は深い関係を持っていることがおわかりいただけるはずである。また、精神生理学的研究を含む客観的な実験的研究を収録した第3部「総合的研究」や、脳波、皮膚電気反応、局所脳血流、自律神経活動を測定した4論文を収めた第4部「精神生理学的研究」をご覧になれば、この分野でどのような実験的研究が現実に行なわれてきたかがおわかりいただけよう。最後に、この方面の研究では特異な位置を占める眼科学的検討を行なった3論文からなる第5部「眼科学的研究」では、それまでの測定や実験によって得られたものよりも一貫性の高いデータの得られていることがご理解いただけるであろう。なお、本書に収録した論文でたびたび言及されるDSMの診断基準を、巻末に参考資料として掲げておいたので参照されたい。(『多重人格障害――その精神生理学的研究』〔春秋社、1999年]序文より)

 なお、本書の を収録していますので、参考までにご覧下さい。

 上の表紙をクリックすると、アマゾンの当該ページに飛びます。なお、本書には、日本催眠医学心理学会が発行する『催眠学研究』第45巻2号に掲載された書評があります。

『もの思う鳥たち――鳥類の知られざる人間性』(翻訳書)

日本教文社、2008年。四六版ソフトカバー、336ページ。索引。定価2,000円。

 本書は、人間の心と体の関係(心身問題)に深い関心を抱き続け、催眠現象の厳密な批判的研究者として名をはせながら、2005年9月に78歳で急逝したセオドア・ゼノフォン・バーバー(以下、著者)が、晩年の6年間をかけて、鳥類の行動を研究した成果(The Human Nature of Birds: A Scientific Discovery with Startling Implications. New York: St. Martin’s Press, 1993)の邦訳です。著者は、催眠研究に“革命”を起こした異端児として、専門家の間では今なお非常に高い評価を受けている心理学者です。

 本書は、刊行翌年の1994年にペンギンブックスに収録されました。ペンギンブックスは、わが国の文庫本に近い位置づけにあるので、英語圏ではそれなりに部数を重ねている一般向けの著書であることの、何よりの証拠です。著者は、本書が擬人主義の否定という、西洋世界で支配的なパラダイムの原則に反しているため、専門家から嘲笑されたり、直接、間接に攻撃されたりするのではないかと予測しています。しかし、本書が専門家たちから――動物行動の研究者や認知心理学者から――実際に受けたのは、ある短評でいみじくも指摘されているように、むしろ黙殺に近い反応でした。これは、本書に存在価値がないということではなく、本書に真の意味での重要性があることを示す重要なしるしのように思います。

 本書で主張されているのは、要するに鳥たちは精密機械のようなものとは根本的に違って、それぞれが個性をもっており、刻々と変化する環境にひたすら翻弄されるのではなく、それを積極的に利用するためにすぐれた能力を発揮するなど、きわめて主体的な生活を送っているということです。これらの点は、類書がほとんどないほど重要な、本書の最大の特徴です。本書には、鳥たちのこうした主体的な生きかたを裏づける実例がたくさん出てきます。人間のうちにさえ「機械的な動物」を見ようとする行動研究者が圧倒的多数を占める中で、著者は、動物の中に、「主体性をもつ人間的な特性」を見ようとしているという点で、とくに西洋では、きわめてまれな立場に立つ研究者と言えるでしょう。(『もの思う鳥たち――鳥類の知られざる人間性』〔日本教文社、2008年]訳者後記より)

 本書については、その紹介のページと、書評に関する考察もご覧ください。また、も掲載しておきました。

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